最終章 二人で歩む道

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「ホリー、味をみてくれ。これで大丈夫か?」 「はい」  フォルクが仕込んでくれたスープを味見する。ほんの少しレシピを見て軽く手順を説明しただけなのに、フォルクはとても手際が良かった。  味見してみると、きちんとホリーの理想とする味に近い形を作ってくれた。 「あと、スプーンに半量摩り下ろしたジンジャーを足して下さい」 「分かった」  味付けの勘も鋭い。一つの説明で十を理解する人は少ない。フォルクには、料理の才能があるのだろう。  大げさでなく、母に鍛えて貰えばフォルクはお店を開けるくらいの才能がある。  そして、食べ盛りの訓練生や食事をして直ぐに職務につかなければならない救助隊員達の食事を一手に担っているグイドとナナの手際も流石だ。  大量の野菜の下ごしらえをして貰っているのだが、 「ナナ」 「はいよ、あんた」  全部言わなくても、ナナはグイドに必要な道具を手渡し、ナナが手早く皮を剥いた玉ネギをグイドがテンポ良く刻んでいく。 (なんだか、憧れちゃうなぁ……)  あんな夫婦になれたら、きっと毎日が楽しいに違いない。何より、グイドがナナの名前を呼ぶ感じがとても良い。  ぞんざいなようで、信頼が裏付けされていて、グイドはちょっとした事も「ありがとう」とナナに伝える。  良いなぁ、とホリーが思っている事が、誰かの言葉になった。 「素敵ねぇ、あたしもあんな夫婦になりたいわ!」 「そうね……」 「どう? ホリーさん!」  ニコニコ笑いながら綺麗に刻んだジャガイモを見せる……アンナ。 「あ、アンナさん? どうして……」 「あたしが誘ったのよ! アンナちゃんだって大好きなホリーちゃんの為に何かしたいもんねぇ?」  ナナが気さくにアンナの肩を包んでいる。 「そうよ、そうよ! 水くさいわよ! どうしてあたしにも「手伝って」って言ってくれなかかったのよぉ! もう、寂しかったんだからぁ!」 「ご、ごめんなさい……」  アンナはにっこりと笑って……その顔が驚く程母に、つまり自分に似ていて、本当に妹が出来たような心持ちになった。 「いいよ、許してあげる! でも、今度はちゃあんとピンチの時はあたしにも声をかけてよね! あたしはホリーさんの妹なんだから!」 「うん。ありがとう」 「うふふ、どういたしまして!」  アンナの手も借りながら、先ずは一品目。寒いのが何よりも苦手なラアナの為に、先ずはお腹の中から温まるジンジャーのぽかぽかスープ。  具材はあえて無くして、お腹を温めて食事をする準備をする。 「さあ、持って行きましょう」  会場では先に、火の国の料理人が最高の前菜を披露している頃だろう。ホリーは勝負とは言え、初めて見る宮廷料理を心から楽しみにしているのだ。  フォルクと共にお皿をワゴンに乗せて運んでいると、会場からは大きな歓声が聞こえた。 「わあ、どんな素敵なお料理なんでしょうね! ねえ、フォルクさん!」 「んあ? ライバルの料理なんざ、失敗した方が良いんじゃねぇの?」 「もう、宮廷料理ですよ? 私のような者には一生かかってもお目にかかれない最高のお料理なんですよ? 見てみたいに決まってるじゃないですか!」 「そういうもんかね」 「そういうものです! わあ、良い香り!」  ホリーが扉を開くと、そこはまるで一面の花畑のように華やかな前菜が並んでいた。 「火の国ではお花を食べるんですか?」 「いや、食える花もあるけど、ありゃあ野菜の飾り切りだろうな。火の国でも一級の料理人の技術だよ」 「あ、あれ、野菜なんですか? すごい!」  目にも鮮やかな朱色の鮮やかな花……フォルクが言うには、牡丹と言う花だそうだが、確かに良く見ると花びらは梅酢に漬けて鮮やかな色を付けたカブ。  花の間を飛び交う美しい鳥はキュウリ、ニンジン、雄々しいシルエットの狼達はカボチャの表皮を削って表現している。  あまりの見事さにホリーは間近で見つめて再度驚く。翼を象っただけでなく、羽の一枚一枚を丁寧に彫り込んで作っているのだ。  これには鳥使いの卒業生達が大歓声をあげ、やれ誰それの相棒に似ているの、こっちの鳥はより美しいのと盛り上がっている。  美しい青磁の器に盛り付けた可愛らしいお料理も、ホリーが見ただけでは何が材料かも分からない。 「凄いわ! なんて綺麗なのかしら!」 「そうね、ホリー。とっても可愛いわ」 「ラアナ様!」  精密で美しい細工物も、ラアナの前では引き立て役。彼女の美しさをより彩る為のアクセサリーに過ぎないのだ。 「ウフフ、久しぶりね!」 「ラアナ様! ……あの、おめでとうございます」 「なぁに? 何かお祝い事があったかしら」  周りに聞こえてはまずいかもしれない、とホリーはそっとラアナに耳打ちした。 「フォルクさんの事です」 「まあ。フフ! ありがとう。まるで私の方が結婚するみたいじゃない」 「違うのですか? だって……」  ラアナはますます美しくなったし、フォルクも見る間にしっかりと男らしくなったのだから似合いの二人だと思うのだが。  年齢はラアナの方が七つも年上だけど、そんな事は関係無い。二人の気持ちが大切だと、ホリーは心から思っている。 「そうね、フォルクが可愛くお願い出来たら結婚しようかしら」 「なんだそりゃ。気持ち悪ぃ、よせよ」 「なによ、生意気ね。フォルクのくせに」 「うるせぇ」  ホリーとクラウスは二人が恋仲だと知っているので微笑ましく見守ったが、他の人々はそうはいかない。  特にこの対決に命を賭けるくらいの覚悟でもって挑んでいる貴族達は軒並み真っ青になってフォルクをラアナから引き離した。 「ななななんと無礼な!」 「君、ルーツィアリの家系だな! この落ちこぼれめ!」 「申し訳ありません、ラアナ様! こ、この無礼な男は私共にお任せを!」  ラアナから感じる雰囲気が一変した。クラウスのような訓練を積んだ者でなくても分かる程に。  ホリーとクラウスがそっと席を下がると、優雅に立ち上がったラアナがこの上なく美しく笑った。 「まあ、ありがとう。無礼な男に困っていたところよ」 「もちろん、我々はラアナ様の味方ですからな!」 「あら、何を言っているの? 無礼な男と言うのは、貴方達のことよ。目障りなゴミね」  一気に鋭くなったラアナの視線上、貴族の男達の衣服が小さく燃え上がった。 「わあああ!」 「あら、ごめんなさい。ちゃんと目を狙ったつもりだったのに」 「ひい!」 「手を離しなさい。誰のものに触れていると思っているの?」  ラアナは何一つ、隠すつもりなど無いのだ。途端に卒業生達の間にどよめきが走り、貴族から解放されたフォルクがラアナの隣に立つと、ラアナはぴったりと彼に寄り添った。 「そう言うことなんで。あー、実家は関係ねぇですよ。あいつ等からは絶縁されてる落ちこぼれなもんでね」  ホリーは直ぐに通常通りに一番気になっている事だけを告げた。 「フォルクさん、スープ零さないで下さいね。とっても熱いので」 「おう。ほら、ラアナ。好き嫌いせずに食えよ」 「もう、子供じゃないわよ」 「ガキより面倒くせぇよ、お前は」  当然のようにフォルクがラアナの為に椅子を引き、スープをテーブルに乗せると優しく髪を撫でて次の給仕に向かった。  思わずクラウスと二人でぼんやり見守ってしまう。 「く、クラウスさん。ああいう感じで私もやった方が?」 「無理はするな。ホリーには向いてない」 「うう……そ、そうですよね……」  クラウスは私のもの、なんて心では思っていても皆の前で宣言するなんて恥ずかし過ぎる。  それに、あれはラアナの圧倒的な迫力、美貌、権力があってこそ。  ほんの小娘如きのホリーがやっても失笑されるだけだろう。 「ホリー、これは何のスープなの?」 「は、はい! ジンジャーのスープです!」 「まあ、何も具が無いわ」 「先ずはお腹を温めませんと。後のお食事が美味しくなる魔法のスープですよ!」 「まあ、素敵。頂くわ」  ラアナの目の前にも、今にも羽ばたきそうな美しい鳥の飾り切りがあるのに見向きもせず、丁寧にスプーンですくってスープを美味しそうに飲んでくれた。 「美味しいわ。本当にお腹からぽかぽかしてくる……ホリーらしい魔法ね。ホリーはいつも、私の事を考えてくれているのね」 「もちろんです! だって、お、お友達、ですもの……」 「まあ、照れちゃって。可愛いわ」  微笑むラアナの、白かった頬が健康的にふんわり染まる。ラアナの好みに合うように、実は一番苦労したスープだけに、喜んで貰えて本当に良かった。  ホリーはラアナの笑顔を励みに、くるくると働いて全員の給仕をフォルクと手分けして回った。
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