最終章 二人で歩む道

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 夢のように華やかな時間はあっという間に過ぎ去る。賑やかな会場から離れたホリーはホッと一息ついた。  賑わう会場では、クラウスもホリーも引っ張りだこ。クラウスは期待の狼使いとして国政を司る偉い方々から次々に声をかけられて、そつなく対応し、ホリーは偉い方々と共にやってきた奥方様の軍団に囲まれて質面攻め。  必死で目を白黒させながら質問に答えるが、 「まあ、ごらんあそばせ。お肌がモチモチ、髪もサラサラのツヤツヤですわ! どんなお手入れをなさってるの?」 「え、えと、と、とくに、なにも……」 「水が違うのですわ! 噂には聞いていましたけど、やはり迷宮の水を取り寄せましょうかしら」 「ロルフ様はお元気かしら? 引退されてからはお姿を見る事も叶わなくて、あたくし寂しくて……」 「まあ、わたくしもよ! クラウス様は本当にロルフ様に良く似て凛々しくていらっしゃいます事! あなた、きちんと見張ってませんとどなたかにとられてしまいますわよ!」 「まあそれは大変ですわ! 腕利きの護衛を紹介しましてよ?」 「素敵なドレスだこと、ごらんなさいな、刺繍が見事で……」 「どちらの職人の仕立てですの? 紹介して頂きたいわ!」 「このお肉、とても美味しいですわよ。召し上がれ」  ホリーが返事をするまでも無く自己完結したり、他の婦人が割り込んで話に花を咲かせたりと忙しく、ホリーは「はい、はあ、ええ、ありがとうございます」と、壊れたからくり人形のように当てずっぽうの返事と貼り付けた笑顔で、貴婦人の波の中をふわふわ漂っていた。  限界が来て目が回りそうになると、アーニャがタイミングを見計らって体良く奥方様達の目を逸らしてくれたのだ。 「あら」 「まあ」  プライドの高い狼が犬の様に懐っこく尻尾を振ることすら珍しいのに、「撫でろ」と言わんばかりに目の前に転がり、ホリーも良く心臓を撃ち抜かれる強烈に可愛い上目遣いで、 「キューン……」  などとやらかし、その可愛い攻撃で完全に奥様方を陥落した。 「んまあああ! なぁんて可愛らしいのでしょ!」 「まあまあ、あなた自慢のドレスに毛が付いてしまいましてよ?」 「構いませんわ、付いたものは落とせば宜しくてよ。まあまあ、かわいいこと。撫でてよろしいのかしら?」  さすがにお偉い方々を脅しつけてはまずいと気を利かせてくれたのだろう。アーニャはたちまち奥方様達のお気に入りとなり、「グルグル」と小さく唸るのも必死で耐えてホリーを助けてくれた。  こうして、アーニャの尊い犠牲に感謝しながら、ホリーは人混みを抜けて何とか人心地付く事が出来た訳だ。 「クラウスさん、大丈夫かしら……」  ホリーが目を回す直前にクラウスと話していたのは、この国の宰相だと言うお爺さん。優しそうな笑顔の素敵な方だったと思うが、人柄はともかく宰相と言えばこの国の公主の次に偉いお方。この国のナンバーツーだ。  さすがのクラウスも緊張して、ホリーと同じ貼り付けたような必死の笑顔を浮かべていた。 (緊張でガチガチだったし、この準備の為に忙しかったから……)  夜、寝る前にリラックスできるハーブティーを用意しよう、とホリーは頭の中で庭に植えているハーブと、ジル先生から頂いたブレンドを比べる。 (カモミールティーが良いわ、きっと……)  カボチャの種とピクルスのお礼に、と頂いた中に、「ぜひクラウスさんに淹れて差し上げて下さい」と、先生が特別にブレンドしてくれた、リラックスするときに良いハーブティーが揃っているのだ。  庭に植えてあるのは、元気が出るタイプのものなので、朝食やもうひと頑張りしたいおやつの時間に向いているが、夜飲むには適さない。  一息付いてだいぶ落ち着いたホリーがドレスの裾を気にしながら立ち上がると、 「ホリーか?」 「え……」  懐かしさすら感じる声に、驚いて振り返ると……出て行った筈の父が立っていた。 「よう。久しぶり」 「うん……」
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