第四章 訓練生の一日

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当然、山の様に縁談の申し込みがあったのだが、その中でエヴァの嫁ぎ先は鷹使いの家系となったらしい。狼使いと同じく、鷹使いも血筋によって力が発現されるが、もう十数年も能力を持つ者が生まれていない。 それでも、今の当主は若いが極めて有能な文官で、国立アカデミーをトップで卒業し、公主直々の声がかりで次期宰相候補と謳われているとか。 エヴァはかなりの良縁に恵まれたと言って良いだろう。 「……初めて見たときにも思ったのだが……」 人形のような人だな、とクラウスは感じた。そうなっても仕方無い、とも。これだけの美貌を持っている娘を心配しない親などいない。それこそ、悪い虫が付かないように細心の注意を払い、大切に守って来たのだろう。 親からの期待を裏切らず、淑女として恥じぬ振る舞いを身に付けた女性というのは、皆……とても窮屈に感じてしまうのだ。 ふんわりと、クラウスの頭の片隅を温めるようにホリーの顔が浮かんだ。笑ったり、泣いたり、忙しい。ホリーに対して人形のようだと感じた事は無かった。 彼女はいつでも生き生きと真っ直ぐで、しなやかな強さがある。 「……から、仕方無いか」 「え? すまん、何か言ったか?」 「お前はいつも肝心な所を聞き逃すな。何時もの美味しい弁当はどうした?」 「あ」 何と、忘れて来てしまったようだ。今までは食堂のメニューで十分だったが、ホリーの弁当を食べるようになってからは、もうお昼の為に頑張れる程やる気が出る。 自分好みの味付けなのもあるのだが、細やかなホリーの気遣いがおかずの一つ一つに表れる。 クラウスが少し疲れている時には、優しい味付けの野菜が中心。疲れに効くと言う軽く酢漬けにされたパリパリのサラダは絶品だった。モリモリ食べていた所、カティスが横から摘み食いして来たのだった。 逆に「今日は苦手な科目が集中しているから頑張りたい時」には、食べ応えのある大きめのおかずが詰め込まれ、初めての朝食に付いていたジャガイモの……あれは何と言う料理なのか、まだ聞いていなかった……とにかく最高に美味しいジャガイモ料理が入っているのだ。 (ホリーはまるで魔法使いのようだ) 同じ素材を使っても、クラウスにはどう足掻いても同じようには作れない。ただ、料理が上手いだけでもない。ホリーは、『人』を良く見ているのだ。
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