第五章 この手に剣は無くとも

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ホリーが洗濯物を干していると、お使いに出てくれていたアーニャが戻って来た。 「アーニャ様、ありがとうございます。お届け物など、私がするべきですのに……」 何故かロルフが頑なにニコニコ笑ったまま許してくれなかったのだ。クラウスのお弁当が玄関に置き去りになっているのを発見したホリーは直ぐに追いかけようとしたのだが……。 「届け物ならば、アーニャに任せなさい。アーニャ、行ってくれるか?」 「クウン!」 「で、ですが、直ぐに追いつくと思いますし……」 ニコニコしたままのロルフは、頑なに首を横に振った。 「ホリー、訓練所とはどういう所か分かっているかね?」 「え? は、はい、猟犬使いや鳥使いの才能ある方が訓練されている所、です」 「そうとも。そこには年頃の男ばかりだ。そんな所にホリーのような可憐で気立ての良さがにじみ出る可愛い女の子が無防備に近付いたらどうなるかね」 「か、可憐? ですか……」 「訓練生たちは紳士であると信じるが、可愛い嫁入り前の娘をそんなところにはやれん」 それは世に言う親バカな父親の発言なのだが、ホリーはその経験が無く、ただ憧れのロルフに「可愛い」を連呼されて顔が真っ赤になってしまった。 「わ、わ、分かりました……アーニャ様にお願い致します……」 「そうしなさい」 と言うようなやり取りでお使いはできなかったのだった。 (ちょっと、見てみたかったなぁ……) 町の最北端に位置する建物は、救助隊の本部と訓練所が一緒になっている。何時も見回りに来てくれる、引退する前のロルフやフェルナンド隊長など警備隊の方は顔なじみだが、迷宮を探索する為に編成された探索部隊や、彼らを指揮するルーク教授と言う偉い方など、見た事が無い。 それにホリーは学校と名のつく所に通った事が無いのだ。最低限の読み書きや計算は母が教えてくれたので身に付いているのだが、学校に通うとどんなことを習うのか、興味があった。 (ちょっとだけ、授業を覗いたり……して見たかったな……) 残念に思いつつも、ホリーは手早く昼食用の野菜を刻み始めて……。 (あら? なにか、足元がふわふわ……) 「ガウ!」 「え?」 アーニャが覆いかぶさってくるのと、大きく足元が揺れるのはほとんど同時だった。お皿やボウルが落ちて大きな音をたて、ホリーは思わずアーニャの温かい体にしがみついた。
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