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「過ぎた時間は取り返せない。鏡の中を見るたび、近頃いつもそう思う」
窓から差す昼下がりの日光や店内の間接照明が照らし出している。若林由紀子の顔に深々とではないが、確かに刻まれた年輪のような小皺の溝を。
「ごめんなさい。歳をとると、おしゃべりになるみたい」
「無理にとは言いませんけど、僕でよかったら、若林さんのお話、聴かせてください」
「でも、申し訳ないわ。お人形の修理をお願いしに来ただけなのに」
「修理にも関係あることです。どんなふうに直すかという判断材料にもなりますから」
「あら、そういうもの?」
「勿論です」
瞳瑠先輩は断言した。
「とはいえ正直、僕が個人的に知りたいからっていうのも大きいですけど」
「あら」
「だって、人を傷つけるような失敗、出来ればしたくないじゃないですか」
「……そうねえ。本当にそうね」
瞳瑠先輩の透き通ったまなざしと真っ直ぐな言葉が琴線にふれたのだろうか。若林由紀子は、考え込むようにうつむいた。
それから何かの儀式のように両手でカップを持って、冷めかけのカモミールティーをひと口飲んだ。
花柄のカップを蔓草模様のソーサーにゆっくりと戻すと、カタン、という音が遠慮がちに鳴った。
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