そこに勇者はいなかった

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そこに勇者はいなかった

「ここに魔物がいるのか」 勇者は一人つぶやいた。 薄暗い岩の洞窟。この奥に魔物がいるという噂を聞きつけたのだ。 勇者はランタンに火をつけ辺りを照らしながら奥へと入っていった。 ランタンを握り、いつでも戦闘態勢に行けるように気を十分に引き締める。 一瞬の油断が命取りになることを勇者は重々承知していた。 ついこの間も同じパーティーのメンバーが一 瞬の油断から手足が吹き飛ぶ瞬間を見た。 魔物がどんな姿をしているのか情報はない。 冷や汗が出るのを感じた。 しかし、ここでやらなければ村の人々は安心して暮らせないのだから、 自分がやらねばならないのだ。 そう言い聞かせて洞窟を進む。 少し進むと、奥の方に明かりが見えた。 よく見ると発光性のコケが光を放っているのが見て取れた。 耳をすませると物音がした。 勇者は緊張した(おもむき)で剣の(つか)を握る。 「あら…?お客さんかえ?」 目の前には平たい岩の上に女性が座っていた。 しかし、女性だと思ったのもつかの間、 下半身はムカデのような姿をしており、 目の前の女性が魔物であることを如実に証明していた。 「お前が魔物か…?」 ランタンを置き、両手で剣を構え、切っ先を魔物に向ける。 「そうみたいね…」 その魔物はため息を吐いた。 「今娘のために靴下を編んでいたの。少し待ってくださるかえ?」 魔物といえば会って早々戦うものだと思っていた勇者は、 戦闘とはほぼほぼ無関係の靴下というワードに思わず待つといってしまった。 「????」 魔物が歌いながら、丁寧に靴下を編んでいく。 その姿は下半身さえ見なければさながら魔物とは思えない様相だった。 しばらくして靴下が編み終わる。 「ふ?。できたわ。ねぇ?勇者様。私は逃げも隠れもしないわ。 だから少しだけ私に付き合ってくださるかえ?」 魔物は全て悪いものと思い込んでいた勇者。 しかし、目の前で幸せそうに靴下を編む姿がどうにもそうとは思えず、 勇者は魔物を信じて頷いた。
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