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そういう人間だったから、俺にとってこいつのいる山岳部の部室は相当に心地の良い場所となっていた。俺が本を読んでいれば綿貫はその隣で静かに勉強しているか、同様に本を読んでいるかしていた。
ある日、俺は部室で文庫本を開いていた。綿貫もいる。俺は本の内容に熱中していたのだが、ふと視線をあげると綿貫が俺の事を見ていることに気がついた。
いくら朴念仁でもこう見つめられていたのでは気になる。綿貫は俺の事を見ているばかりで話しかけようとしない。
……気まずい。
俺は観念して綿貫に話しかけた。
「何を見ている。俺の顔がそんなにおかしいか」
「いえっ、そんなことは。むしろ、その……いえっ何でもないです」
綿貫はそういって目を伏せてしまう。俺は多少イライラしながら続けた。
「だったら何で見ている。気が散ってしょうがない」
「私たち山岳部ですよね」
何、当たり前の事を。
「俺はそのつもりだが」
「なのにこうして手持ちぶさたに本を読んでいます」
失敬な、手持ち無沙汰とは。
「俺は読みたくて読んでいるんだ」
放課後の読書ほど、素晴らしい時間の過ごし方があろうか。
「すみません。その、つまりですね、もっと山岳部らしい活動をした方が良いと思うんです」
「だが放課後に山を登るのは不可能だ。ここは濃尾平野だぞ」
手近に山はないのである。行けども行けどもあるのは平地に広がる田ばかり。
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