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思い出
キーンコーンカーンコーン
授業が始まる鐘の音が鳴り響く。
教師にあてられ、朗読を始めた生徒の声をBGMに窓の外を眺める。
グラウンドの桜の木が7分咲になっているのを見て、数日前のテレビを思い出した。
間もなく満開を迎えると伝えていた。
ーー桜が好き…。--
去年の冬に別れた恋人の言葉を思い出す。
あの時の顔は、とてもうれしそうに、幸せそうな顔だった。
ーそっか…。去年の今頃に、二人で桜並木を歩いたっけ…。
そんなことを思い出しながら、胸が痛むのを感じた。
どうすることもできない、幸せな思い出。
キーーーン
グラウンドから心地の良い金属音が聞こえた。
グラウンド全体に目を向けると、グラウンドの右半分で男子が、体育の授業で野球をやっていた。
左半分では、女子がサッカーをやっている。
グランドの中心では、休憩中または出番待ちの男女数人が、いくつかのグループに分かれ談笑している。
そこから少し離れたところに、二人の男女がいた。
ーそんな顔、ほかの人に見せないで!!
男のほうは、少し照れたように。女のほうは幸せそうに。二人とも笑っていた。
その顔を見ると、どうしようもなく心が痛い。苦しい。つらい。苛立つ。泣きそうになる。
色々な思いが私の中で渦巻、黒い靄のようなものになっていく。
二人を見ていたくなくて、空に目を移す。
朝の少し曇りがかった空から、雲が厚くなり灰色がかってきていた。
ーーこんな時は、花曇りって言うらしいよーー
あの日もせっかくのデートだったのに少し曇りだった。
そのことで、落ち込む私に、『花曇り』という言葉について話しながら楽しそうにしていたのを思い出す。
デートに乗り気ではなかったくせに、当日は私以上にはしゃぐ姿がとても可愛かった。
きれいだった。好きだった。
「きゃあ!!」
教室に強風が教室に吹き荒れる。
クラスメイト達の教科書やノートが勢いよくめくれる。
そこに1枚の桜の花びらが舞い込んできた。
ーーこういうのを、花嵐って言うんだ!--
その日も今みたいな強風が吹いた。
私が自分のスカートがめくれるのを、必死で押さえている時、髪が乱れるのも気にせず前を見てそう言った。
桜の花びらが強風で舞い上がり、桜のトンネルのようだった。
ーーバージンロード!--
そんなことを言いながら、私の手を引いたあの感触。温かさ。
多くのことが、思い出として私に刻まれた。
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