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傘くらい、どこでだって手に入れられるし、俺達みたいに雨宿りをすることだっていくらでもできる。なのに豪雨の中をわざわざうろついて、赤の他人に傘をくれと要求するような人物だ。決めつけるのはよくないけれど、やはり精神を疑うので、ビニール傘一本で退散してくれるなら結果としてはよかったのかもしれない。
「送ってやるから俺の傘に入ってけよ」
「いや、いいよ。方向真逆だし。雨もかなり止んできたし」
見上げれば、空はうっすら明るくなり、雨も随分と小雨になっていた。それでもまだ降ってることに変わりはないから、遠慮するなと傘を差しかけたが、俺の申し出を柔らかに辞退して、友達は小雨の街へ駆け出した。
…それっきり、友達は姿を消した。
翌日学校に来なかったから、風邪でも引いたのかと案じていたら、ホームルームの際に担任から、友達が行方不明になったという話を聞いた。
最後に一緒だった俺が呼ばれ、帰り際の話をすると、親や警察に連絡が行ったようだが、結局その後友達は見つからず、あの日の別れから十年近くが経過した。
そんなある雨の日。
社会人歴ももう数年目。外回りもすっかり慣れて、今日の出先の仕事は終了した。後は会社に戻るだけ。
その前にちょっとコンビニへ立ち寄り、買い物を済ませて店を出ようとしたところへ、激しい雨音が響いてきた。
見れば、集中豪雨と言っても差支えない勢いの雨が降り出している。
天気予報は聞いていたし、朝から曇天だったから、ようやく降り出したかという気分だったが、あまりに雨足が強すぎて外へ出るのがためらわれる。それでも会社に戻らない訳にはいかず、少し雨の勢いが収まるのを待って俺は店の外へ出た。
一日持ち歩いていた折り畳み傘を開き、数歩進む。その視界の少し向こうに人影が見えた。
男だ。この雨だというのに傘を差してない。持っていないからコンビニに買いに来たのだろうか。それにしては足取りがゆっくり過ぎる。
よろけるように男がこちらへ歩いて来る。そして、コンビニには向かわず、俺の目の前で足を止めた。
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