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僕は鳥居の前で自転車を降り、その懐かしい、けれど昔より幾分か色褪せたそれを見上げた。
昔はもっと鮮やかな赤で海の青と対象的だったなぁ、なんてちょっとセンチメンタルにひたりながら。
ふうっとため息一つついて、意を決して自転車を押して鳥居をくぐった。風が、まるで歓迎してくれてるかのように優しく木々を揺らした。例の石に近付くとそこにはすでに先客がいた。
近くに自転車も何もなく、神社の駐車場は坂道の真ん中辺りにしかないので、少なくともそこから歩いてきたのだろう。
手持ちのコーヒーの空き缶を灰皿にして、片膝立てて煙草を吸っている。どこか懐かしい、見覚えのある背中……
ぼんやり物思いに耽っていたのであろうその人は、僕の地を踏み締める音に我に返ったように振り向いた。ペコリと軽く頭を下げて会釈した僕の顔をびっくりしたように見て
「……琉生?」
と、呟くように尋ねられる。
まるで確信は持てなかったけど、それは僕のよく知っている人であんまり会いたくない人、だった……
「琉生、久し振りやなぁ」
今度ははっきり僕と判って話しかけてくる。
「梗慈……」
「元気、やったか?」
「うん、まぁ……」
「そっか」
微かな沈黙。僕は自転車をそっと立てて、
「隣り、座っていい?」
と聞いてみる。
「ああ」
「ありがと」
「……今、何してんのや?」
「……ケーキ職人」
「そっか。おまえ、甘いもん好きやったもんな」
「うん……」
「……いつだったか手作りのクッキー、食わしてくれたな」
「……ほんとは、甘いの苦手やったんやろ?」
「……ぁぁ……まぁ、な」
「でも、食べてくれたよな」
「……手作りのもんってほとんど食べたことなかったからな。 それに、旨かった」
「……なぁ、梗慈は今何してんの?」
「俺、か?」
「うん」
「……」
黙ってしまった梗慈に、僕は思わず頭のてっぺんから足の先まで眺めた。昔から暴走族やなんやっていろいろ悪いことをしていたのを知っているから、つい思わず無意識のうちに格好で判断しようとしてしまった。
そんな僕に気付いたのか、梗慈は苦笑する。
「……想像通りや」
「……そっか」
そっか、僕はもう一度心の中で呟く。
「……あのさ、……」
「……あ、あの……」
思わず二人ではもる。
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