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「あの時は悪かった」
「……なに、今更。終わったことや……」
「ずっと気になってたんや。おまえは卒業と同時に何も言わんで消えてしまったし」
「……」
「同じ高校に行こうって約束してたのにな、裏切ってしもて悪かった」
「裏切ったんは、梗慈と違う」
「おまえに裏切らせるようなマネさせたんは俺や」
「……もう、いいやん。それよりあの時の彼は今どうしてんの?」
「あいつは、亡くなった」
「は?」
「亡くなってしまったんや」
「なんで?」
「あいつ、心臓病で、こっちに療養にきてたんや」
「……そっか……」
「琉生。俺はおまえに甘えとったわ」
僕はよくわからなくて、首を傾げる。
「あいつに好きやって言われて、半分同情、半分浮かれて付き合ってしまった。俺はおまえには後で言ったらいいわって思ってた。おまえにバレて、おまえが身を引くようにおらんようになって、俺はおまえのことが一番大事やったことに気がついた。あいつのこと放り出して、おまえのこと探して、結局見つけることができなくて。で、ふとあいつのこと思い出した時、あいつは病気悪化して死んでしまっててん。俺が中途半端なことしたから、おまえもあいつも傷つけてしまったんや」
梗慈は一気に言うと俯いて、絞り出すような声で
「ほんまに悪かった」
と、呟いた。
僕は、ずっと梗慈が忘れられなくて、だから絶対にこの町には帰ってこなかったのに……
いい加減、けじめつけようって漠然と思ってここに来たのに……
僕の心はぐらぐらと動いた。
「ずるいな、梗慈」
「琉生?」
「おまえに会ってしまって、結局自分の気持ち再確認なんてシャレにもならんわ」
一つ、ため息ついて
「梗慈、スィートハウス『antique』、そこにおるから」
梗慈のびっくりした顔は、昔と全然変わらない。僕はベンチから立ち上がり、自転車に跨ると
「俺の気持ちが知りたかったら、そこに俺の新作食べに来て」
と、叫んだ。
あの頃、僕は俺って言ってたのを不意に思い出して口にした。梗慈はふっと笑って
「わかった。近いうちに行く」
と、タバコに火をつけた。
梗慈、待ってる。僕はまだおまえが好きだから。だけど口にするのはお預け。
僕は坂道を一気に駆け下りた。
来たときと違って見えるコバルトブルーの海に笑みを浮かべながら。
終
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