2話:ビター&スイート

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 久々に地元に帰ってきた。  地元には苦い思い出があり、あまり近づきたくないと随分と遠ざけてしまったが、その日は不意に海が見たくなった。海を見たいと思った時に思い浮かんだのがたまたま地元だっただけだと、誰にするわけでもない言い訳を心の中でする。  何もない、小さな町だ。  あるものと言えば海と山と、そして神社。そこで育ち、そして遠ざけた。やくざという道を選んでしまった手前、小さな町だからこそ帰りにくかったというのもある。  海を見るのに最高のロケーションが、少し高い位置にある神社で、俺は迷わずそこへ進んだ。まさかそこで琉生(るい)と再会するとは思わなかった。何年振りかにあった琉生との時間は懐かしくもあり苦しくもあったが、それでも話してみてようやくあの頃から止まっていた時間が動き出したような気がした。  甘いものが好きで、作るのも得意だった琉生は道を違えてからパティシエになったと言っていた。  似合っている。  学生当時に食べた甘い甘いクッキーが、まるで口の中に広がるような錯覚と共に、ああ、俺はまだ琉生のことが好きなのだと実感した。  できる事なら時間を戻したい。決して叶うことのない願いを思い、じくじくと痛む胸の内も、やがて時間と共に気にならなくなるのかと半ばあきらめていた俺に、琉生は隣町のスイートハウスに来いと言う。  元来甘いものは苦手で、琉生と過ごした時からそういう場所とまるで縁のなかった俺でも知っている「antique」で働いていると言う。  そして俺に自分が作ったそこの新作ケーキを食べに来いと。甘いものは苦手だが、琉生の菓子は食べたいと思う。
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