2章:オフィスに懐かしいお客さん

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 戸渡との思い出はあまりない。  なにしろ幸希が高校三年生の夏休み前に入部してきて、半年も経たずに幸希は受験のために部活動を終えてしまったのだから。  幸希は今年二十八なのだから、きっかり十年前になるのだろう。十年前は制服を着て高校に通っていたなど、懐かしいが過ぎる。  戸渡の入部は唐突だった。部長の友達の女子が「新しい部員が入るから」と言ってきたのだ。「え、今?」と幸希やほかの部員の女子は言ったはずだ。 「そう! しかも男子よ!」 「へー。変わった子だね」  誰かが言った。  茶道部は極端に小さい部活ではない。男子部員もいるが、たった二人である。しかし彼らは二年生であったため、彼らのあとを継ぐにはちょうどいいのかもしれない、などとそのとき思った。 「なんか、やってた部活を辞めて新しいとこに入りたかったんだって」 「ふーん。それで茶道ねぇ、やっぱ変わってるわ」  そのように、部員からの評価は最初から『変わり者』であったのだ。  しかし戸渡が入部してしまえばその評価はすぐに薄れた。別に極度に変人というわけではなかったのだ。  明るくて、先輩の言うことはよく聞いた。  雑務も進んでこなした。  二年生の男子の先輩にも懐いたようだ。  溶け込むのは早かったのだが、いかんせん二学年も下で、そして幸希は特に部長や副部長などの役職にもついていなかった。単なる一部員だったのだ。  よって、世話をする機会も、そうなかった。なので「後輩の一人」くらいに思っていたし、向こうもそう思っているだろうと思っていた。  ただ、肝心の茶道の腕は悪くはなかった。  「叔母さんが茶道教室に通ってるんです」などと言っていたので、見よう見まねくらいはしていたのだろう。飲み込みも早かった。  しかし後輩としては、強いていうなら『多少優秀』くらいであったほかは、突出した印象も無かったのである。
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