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「こんにちは」
ちりん、とドアベルが鳴って誰かがやってくる。
あら、来客ね。
幸希のいる事務所からは、すぐには入り口が見えない。でも出迎えた営業の社員の会話でどんな人が来たのかはわかる。きたのは同業者のようだ。
「こいつ、今度店舗移動してきたやつです。よろしく」
「戸渡(とわたり)といいます。よろしくお願いします」
冷蔵庫からお茶のボトルを取り出しながら、ん? と幸希は引っかかるものを覚えた。
どこかで聞いたような名前、そして声だ。どこで聞いたのだっけ。
うっすらとした記憶ではわからずに、そのままお茶を淹れて事務所を出て、来客のためのソファのある場所へ向かったのだが。
『彼』を見てやはり引っかかるものがあった。知っている気がする。
ああ、どこで会ったのだろう。
しかし向こうは幸希のことがわかったようだ。ぱっと顔を明るくした。
「鳴瀬先輩じゃないですか!」
「え?」
暗めの茶色の髪は、襟足まであって、やや長め。たれ目の優し気な風貌の青年であった。
「ん? 知り合いか?」
彼の横にいた、上司だか先輩だか……多少上の立場の者であろう男性が不思議そうな声を出した。
彼は「はい!」と元気よく答えて、そして自分を指さした。幸希が「知っているような気がするけど、思い出せない」という顔をしたのがわかったのだろう。
それは人によっては失望するような案件かもしれないのに、自分を指さしアピールする彼はひたすら嬉しそうであった。
「僕です! 高校のときに、茶道部で後輩だった、戸渡 志月(とわたり しづき)!」
「……あっ! 途中入部してきた……」
そう言われてやっとわかった。高校時代、確かにこんな子がいた。
「そうそう! そうです! あー、そうですよねぇ、先輩とは半年も一緒に過ごせませんでしたし、忘れちゃっても……」
そうだ、彼は幸希が三年生のちょうど今頃の季節に入部してきた。どうしてこんな時期に入部してくるのだろう、と不思議に思ったことを思い出す。
でも忘れていたなんて失礼だろう。彼のほうは覚えていてくれたというのに。
「あっ、ご、ごめんなさい」
「いえいえー、仕方ないですよー」
彼はまるで気にした様子もなく、ただにこにこ言った。そこへ当たり前のように上司が割り込む。
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