ゴッド イン ザ クレープリー

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 今日のカナコさんはすこぶるご機嫌ななめだ。そもそも今日は婚活でまたひどい目に遭ったらしく、その愚痴を聞かせるために僕を呼びつけたらしいし。ひどい目に遭ったのがカナコさんの方なのか相手の男性の方なのか、聞いてみるまでは明言は避けたいところだ。  カナコさんのご機嫌をとるために夕食の店選びを全面的にお譲りしたが、カナコさんはチッと鋭く舌打ちしてまだ明かりのつかない街灯を睨みつけた。 「……あー、むしゃくしゃするわね。あたし、ガレット食べたい」 「あ、いいですよ。ガレットですね。そしたらこの近くだとちょっと距離ありますけど松濤……」  たぶん都内で一番有名なクレープリーの住所を言いかけた僕にえらく鋭い目を向けて、カナコさんは仁王立ちで高らかにこう言った。 「シャラップ! あんたさっきあたしの好きなところに着いてくるって言ったでしょ。もう忘れたわけ、このポンコツ鳥あたま!」  これだから男ってやつは、と暴言を吐くカナコさんに僕は「お前こそ黙れよこのクソアマ」などと罵るかわりに曖昧な微笑みを返した。見たかこれが常識人の余裕、秘技微笑み返しの術だ。  僕の秘技が効いたのか、カナコさんはちょっとだけ優しい声で「あんた今、どれくらいお腹すいてる?」と訊いてきた。 「え、まあほどほどに」 「ふん、じゃあダメね。電車はやめて歩いて行くわよ」 「あ、はいまあいいですけど……目的地はどこなんです?」
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