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「お待たせしました」
そう言ってテーブルの上に載せられた丸皿に、僕は一瞬呼吸を忘れた。
バカじゃないのか、こんなもの、うまいに決まってるだろうが!
どうやって焼いたんだか分からないくらいしっとりと薄い生地を器用に折り重ねた上に、たっぷりとまだ固形のバターが鎮座している。皿全体にまるで薄化粧のように均一に降りつもる粉糖に、よく見ると粒立ったグラニュー糖がキラキラとところどころにきらめいてみえる。
店の奥のおっさんが仕上げたとは思えないくらい、繊細で上品、それでいて大胆な一皿。
「いっ、いただきます」
さっきのが妖艶なドレスの美女だとしたら、今度は三つ指ついて礼をする和服の美女みたいだ。さっき満腹になったばかりの僕の胃袋が猛り狂って唸りを上げる。
ナイフの先でバターの塊をちょいとつついたら、あつあつの生地の上でとろりと滑ってうす黄色いあぶらが溢れた。
夢中でそのひとかけらを切り取って、まだ熱いクレープ生地で手早く包む。バターが溶けきる前に僕は慌ててそれを口の中に押し込んだ。
淡い砂糖の甘さに、つうと垂れたバターのにおいが僕の脳髄を駆け上る。
「あ……あ……」
ぎゅっとバターを吸った生地を噛みしめて、僕は目を閉じて強くナイフとフォークを握りしめた。全身が震えるほどのうまさに、脳天が歓喜の声を上げる。一瞬で腕に鳥肌が立つのが、見なくても分かった。
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