ゴッド イン ザ クレープリー

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 美女のドレスを剥ぎ取るようにナイフとフォークで真ん中に向けて奇麗に折られたガレットをこじ開けて、たっぷりの湯気からチーズのにおいを思い切り吸い込んだ。そして中心に配置された半熟卵を思い切って割り裂いて、ハムとチーズとガレット生地を口の中に頬張った。  コンプレット! まさにコンプレットだ。  コンプレットはフランス語で完璧という意味で、ハムとチーズと卵のガレットはピザで言ったらマルゲリータ。定番中の定番、シンプルにして極限。  口の中にとろけだしたチーズと卵の黄身が絡み合い、ガレットから立ち上るそば粉の香りが鼻を突き抜けた。  行儀? 作法? そんなもん知ったことか。  カナコさんのナイフがパリパリに焼かれたガレットのヘリに触れ、僕のフォークは音を立てずにチーズでしんなりしたガレットとハムを同時に刺し貫いた。  僕は柔らかいハムを生地と一緒に咀嚼しながら、カナコさんを睨みつけた。 (畜生、こんなうまいもん内緒にしていやがって。ずるい!)  カナコさんが瞳孔の開いた瞳をこっちに向けて、口を閉じたままにやにやしている。 (あんたの言ってた店より何倍もうまいでしょう、坊や)  大学一年の時にサークル代表だったこの女に、あれから十年も経ったのに僕はまだ追いつけないでいる。  だけど今はそんな悔しさよりも、一枚のガレットのその美しさに、全部の感情が持って行かれてる。
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