三章 シンセンの半月

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「美味しい」  私は能天気にも、この絶妙な濃さと甘さのティーにびっくりしてしまった。さっきあんな修羅場を繰り広げていた人が、こんな繊細な美味しさを作り出すなんて不思議な気がした。 「昔、日本でホテルマンやってた時に教わったんだ。小さなホテルで何でもやらされていたからね。意外でしょ、だから結構何でもうまいよ」 「東京?」 「そう、そっちは?」 「九州です」  私は言った。  成田くんの家は高層マンションの3LDKで、リビングから周りの景色が見下ろせた。そして羨ましいことに浴室にはバスタブがあった。大学の宿舎には各部屋にトイレとシャワールームはあったが、浴槽まではついてなかった。  私がバスタブ付きの浴室を羨ましがると、 「いつでもお風呂に入りにおいでよ。小比類巻さんには借りがあるから」  と、ロイヤルミルクティーを飲みながら成田くんは冗談なのか本気なのかよくわからないことを言った。 「小比類巻さんって、何にも聞かないね」 「そうですか」 「そうだよ。普通聞くよ、根掘り葉掘り。だってあんなに面白い場面見せられたらさ、興味本位で聞いちゃうよ、人って」 「だって、」 「だって?」 「察しはつくじゃないですか、全然聞き取れなかったとしても。それに、友達じゃないんで」  と私は言った。 「なんかいいな、そういうとこ。君にバイト頼んでよかった」  そう静かに笑って言って成田くんは白い封筒を私に差し出した。 「また何かあったらご用命下さい」  私は言って封筒を受け取った。
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