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二章 スケルトンな夜
私がシンセンへ渡る一年ほど前に、家族が離散した。私には父と、母と、二つ年の離れた妹がいた。ほんの一瞬の出来事を境に、母は加害者に、父は被害者に、そして妹と私は目撃者になった。
太平洋に面していて漁業と真珠の養殖でひっそりとまわる、大分の小さな田舎町だった。新聞やテレビにも取り沙汰されてしまったから地元では結構有名な家族だった。母の裁判が終わって程なくして、父と母は正式に離婚をした。私達姉妹はそれぞれ家を出た。
私は短大を卒業して七年間働いていた地元の商工会を辞め、とりあえず博多に出て、博多駅から徒歩十分のマンションで一人暮らしを始めた。生活が落ち着いた頃、手っ取り早く近所のコンビニで深夜のアルバイトも始めた。
見知らぬ街で暮らしてみると悲壮感は最初だけで、後はどんどん楽しくなってきた。私を知る者は誰もいないし、私がどこで野たれ死のうが、どこで笑っていようが、泣いてようが、何を食べていようが、犯罪に手を染めようが、ただただ生きていようが、誰に迷惑をかけることもない。悲しませることもない。後ろ指を指されることもない。そう思うと私は返ってどこか清々しい気持ちになった。孤独なことは私の場合、不幸ではなかった。
深夜のコンビニは店員も客もシュールな人が多く、それがとても居心地よかった。夜の闇はどんな人にも寛容だった。人々の陰影を映し出す人工的で白すぎる灯りも、静けさも、たまらなく心地よかった。
全身に27個のピアスと自分で彫ったというペットの陸カメのタトューが腕にあるタツマキくんは、髪の毛もピンクでいつでも細身の革パンを穿いていた。どこからどう見てもバンドマンにしか見えない風貌だったが、昼間は介護士として働いていた。
私はタツマキくんとペアでシフトに入ることが多く、結果タツマキくんの哲学的な、理屈っぽい世界観に夜な夜ないざなわれた。彼はまだ22歳で、私より5つも年下だったが、中身は白髪の生えたお爺ちゃんのようだった。
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