二章 スケルトンな夜

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「いいですか、小比類巻さん。目を閉じて瞑想するんです。立っててもできる。寝ててもできる。体勢なんてどうでもいいんです。己の本当の心に向き合うんです。そうすると見えてくるものがある。その声に正直に向き合うんです。今日食べた朝ご飯はどんな味がしましたか?前から知り合いが歩いて来ています、挨拶はしますか?それとも素知らぬ振りで通り過ぎますか?自分の足でちゃんと立っているという感覚がありますか?今幸せですか?今どんなことで苦しんでいますか?誰が好きですか?誰が嫌いですか?全部逃げずに真正面から自問自答するんです。重要なのは質問の内容とか答えじゃなくて、きちんと自分の頭で考える事。そしてそれを刻むこと。意識しなくてできる人もいるけど、できないのなら意識的にでもそうしてみるんです。今それができない人が実はとても多い」 「で、タツマキくんは誰が好きなの?」  と私は率直に言ってみた。実際はちっともタツマキくんの世界になどいざなわれてなどいないのだが、深夜のコンビニはとにかく暇なので、お互いが不快に思わない程度に気兼ねなく会話ができないときつかった。タツマキくんとだととてもよかった。 「いませんよ」  突然トマトのように真っ赤な顔でタツマキくんが言った。タツマキくんは心がピュアなのでリアクションがいちいち面白かった。心が擦れてない人は分かりやすくて見ていて気持ちよかった。 「全然真正面から答えてないじゃん」  私は意地悪な言い方をして笑った。  日々の会話の中で、タツマキくんには今好きな人がいて、その人がちょっと躊躇するくらい物凄い年上で、多分タツマキくんが昼間勤めている介護施設の利用者さんだということは既に察しがついていた。私は彼を透視したわけでもなんでもない。そんな能力はない。それだけ、タツマキくんがスケルトンな人間だということだ。  そして、若者とお婆ちゃんのカップルがいてもいいじゃないかと私は思う。  恥じる必要も、隠す必要もない。人間として尊敬しあえる部分があるのならそれはもうそれだけでいいと思う。私は密かに、大変身勝手に、タツマキくんの片思いを応援していた。  私のつまらない生活に唯一、ふわふわと綿菓子みたいに甘く漂う恋の話だった。
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