12人が本棚に入れています
本棚に追加
いつも深夜二時にやって来る大柄なおばさんがいた。スタッフは皆その人のことを、細木数代と陰で呼んでいた。あの有名人に物言いがとても似ていたからだ。そして数代も自称占い師だった。
「数代来ましたよ」
タツマキくんは小声で私に囁いた。
数代はいつものように店内をぐるりと回って、いつものとんかつ弁当を手に持ってレジの方へやって来た。数代はいつでもすっぴんで、白髪も生え放題の伸び放題だった。少しラメの入った黒のワンピースのナイトウェアのままで、レジカウンターに肘をついて、もたれかかったいつものポーズで話しかけてきた。
「お姉ちゃん、お金貯まってる?」
今日のターゲットは私だった。
「全然です」
私は適当に返した。
「しぇんぢぇんって、知ってる?」
「何ですか?それ」
「中国の街の名前。覚えておきなさい。香港の上にある。あなた今のまま日本にいたらつぶれちゃう。一度日本を出なさい。方角的には東南アジアか華南地方がいい。しぇんぢぇん辺りがお薦めよ。もう充分、苦しんだんじゃない?」
数代の目は笑っていなかった。
蛇に睨まれた蛙のように、私の目もずっと数代を見ていた。
「あの、怖いっす」
タツマキくんが割り込んでくれた。
私は我に返ってレジを打ち、数代はお金を払い、タツマキくんが数代に袋を渡した。
帰り際にもう一度、
「しぇんぢぇん、ね~」
数代は念押しの様に私の目を見てそう言って、去って行った。
「今日の数代はちょっと本物っぽかったな」
その背中を見送りながらぼそっとタツマキくんが呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!