12人が本棚に入れています
本棚に追加
日本人留学生にもいろんな人がいた。交換留学生、駐在員の奥様、ライターさん、中国語を学んでシンセンや香港で仕事をしたいと思っている若者、放浪の旅の途中のミュージシャン、好きな香港人を追いかけて来てしまった若い女の子等々。
韓国やタイやアメリカ、他にもアフリカや中東、ヨーロッパなどいろんな国からも留学に来ていて、夜な夜なそこで何となくごちゃまぜになって飲んでいると自分がどこから来たのかとか、どこの国の言葉を喋っているのかとかぼんやりしてくる瞬間があった。博多に出て来た時同様、シンセンでの日々も私は楽しくなってきていた。
私は、あの寂れた港町を離れた瞬間に、自分にまつわる全ての出来事がシナリオのないロールプレイングゲームのようにチープに見えてしまっていた。そんな世界の住人だからか、どこか人より力が抜けていて、何でも面白く感じて、糸が切れた凧みたいに果てしなく笑えた。掴み所がないようでいて、実は私はとても単純な思考で生きていた。昔より物事を真面目に捉えることが、どうしてもできなかった。
その代わりなのかどうなのかわからないが、私には最近、目覚ましく覚醒した能力があった。本当にある日突然、覚醒した。
それは嗅覚だった。
匂いに敏感になり、いい匂いも嫌な臭いも直ぐに分かる様になった。
それから人や物事から醸し出される、きな臭い、という感じにも敏感になった。
先入観とか固定観念とか噂とかよりも、私は自分の嗅覚を信じるようになった。どんなにいい人でもどことなくきな臭い感じがすると近寄って行けなかった。楽しい旅行の誘いでも場所によってはツーンと嫌な臭いがしてきてダメだった。
困るのは、この能力は垂れ流しで止めどなく感じてしまうものなので、オン・オフの機能がないことだった。そして善と悪の線引きも、私の主観なので結構曖昧だった。
その夜は特に暑くて、東南アジア特有のベタつくような湿気を含んだ風が体中に纏わりついてきた。瓶ビールに直接口をつけてぐびぐび飲みながら、少し酔っ払った頭で、ここはどこだったっけ?とふと思った。少し懐かしいような、帰って来たような、不思議な感覚にとらわれた。
最初のコメントを投稿しよう!