三章 シンセンの半月

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 月が目に入る。半月が下半分、光っている。 「ああ、ここはシンセンだった」  と私は我に返った。  シンセンの半月は、日本で見ていたそれとは向きが違うからだ。  その瞬間、月の明かりが私の心をチクリと刺した。母は、父は、妹は、日本のそれぞれの場所で、縦長の半月を見ているのだろうか。見た時にどんな気持ちになるのだろうか。慮ったり、諦めたり、反省したり、思い出してくれたりたまにはするのだろうか。それともそれは私だけなのだろうか。 「日本が恋しい?」  そんな私に小さい声でそう言った。  隣に座っていたのは同い年の成田くんだった。周りのみんなが何か別の話題で盛り上がっている中、私は成田くんにそっと言った。 「帰る場所がないの」  成田くんは私と一緒に月を見上げて、 「僕も」  とだけ言った。  成田くんは西門のすぐ近くのわりと大きいマンションに一人で住んでいた。そして後になって知ったが、彼は留学生ではなく、大学の図書館で中国人の学生にマンツーマンで中国語を教えてもらっていただけだった。それから彼は本科生や留学生に何か怪しい仕事の斡旋などもしていて、割と広い人脈がありいろんな学生と繋がっていた。  少し前に私は成田くんと同じ喫茶店に居合わせてしまったことがあった。それまでお互い顔は何となく見知っていたが、喋ったことはなかった。  私はたまに、どうしても本格的なコーヒーが飲みたくなった時、一人で行くカフェがあった。西門を出て歩道橋を渡って少し歩くと、庶民的な飲食店や洋服屋が立ち並ぶ小さなストリートがあり、その一角にバブリー感丸出しの、ど派手な喫茶店があった。値段が高い為店内はいつも空いていて、それも気に入っていた。私は香港のブックオフで買ったばかりの単行本を読みながらコーヒーを飲んでいた。
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