恋文の向後

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 松河は切れ者であった。  出版業界は低迷の一途をたどっている。  松河は紙媒体から離れた若者を無理に追わず、古くからの購読層である高齢者に合わせた記事を多く扱うように提案し、いくつもの企画を成功させていた。 「先生、前回の『残された者へ』とても良かったです。読者からの反応も良いですよ」 「私も彼らと同じ中高年、いや、もう老人だからな。通じるものがあるのだろう」 「なるほど。等身大だからこそ、書けるものもあるのですね」  大真面目に頷く松河に、私は堪え切れず微笑する。作家が老いたなどと口にしようものならば、先生はまだお若いですと返ってくるのがお決まりであった。  松河が編集なら、そういった下らない言葉を聞かないで済む。彼女の気取らない性格と物言いを、私はとても気に入っていた。  これほどに呼吸が合う編集者は初めてである。  かつて、彼女を担当から外さないようにと、編集長には手紙を送ったりもした。それを老いらくの恋とからかわれても私は構わなかったし、気にもしなかった。  週刊誌に二人で歩く写真をスクープされたこともあったが、松河にゴシップを苦にした様子はない。そうしたたくましい一面も、一緒に仕事をするうえで心強い。 「今回のテーマなのですが。これを」  松河が、数枚のプリントをテーブルに置いた。 『突然の死と別れ、遺族に残せるものは想いか、財産か』と書かれている。 「これはまた、ストレートだな」  出されたプリントを手にして、私は思わず唸った。これは中高年の興味をひくテーマだろう。何よりもシンプルである。解かりやすさがいかに大切か、彼女は良く心得ていた。  不意に、娘の事が気になった。今も微笑みながら我々をじっと見ている娘は、私が六十歳を超えてから身請けした養子である。  年齢の問題もあり、正式に養子縁組は組んでいない。法学を専攻していた松河には、当時も相談を持ちかけ、随分助けられたものだ。娘の名前も、身請けされる前の過酷な記憶を出来る限り忘れさせようという松河の助言に従って改名した名前である。  車椅子なしでは生活もままならない娘は、私が死んだ後、果たしてまともに生きていく事が出来るであろうか。それはとても難しいことに思える。ならば、どうするか。  せめて、出来ることは――。
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