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「先生。これを」
二日後、打ち合わせに来た松河に差し出された書類は、いたってシンプルなものであった。解かりやすく意図が明確な文面は、いかにも彼女らしいものだ。
「あっさりとしているものだね。自分の気持ちも書き綴っておきたいと思ったのだが」
「先生、財産の行き場所を示すものと相手への気持ちを綴るものは、わけた方が良いでしょう。一枚に併記すべきではありません」
松河に促され、用意された書類にもう一度目を通し、認印を押した。
しっかりと書きこまれた文章は、明確に松本叶への遺産相続の意思があることが書き連ねられている。書類を書き終えると、気持ちのつかえがひとつ取れた気持ちになった。
「さて、この書類をどうするべきかな?」
「出来る事ならば先生ご自身で、叶ちゃんの目に届かない所に保管してください」
そばに居る叶に配慮して、松河が小声で言った。遺言書を預かるなどと言いださないか半ば試す気持ちもあったが、淀みなく答える松河の様子に、私は自分の浅慮を恥じた。
「そうするよ」
申し訳なさをかみ殺すようにして作った笑みは、松河にはどう映っただろうか。
とにかく、これでひとつ問題が解消したのだ。気持ちを綴る手紙は、改めて夜に書けばいい。
松河は打ち合わせを終えると足早に出版社へ戻っていった。
私は叶を部屋まで送りいつものように寝かしつけると、私は足早に書斎に向かう。今もなお熱く駆け巡るこの思いを、一刻も速く紙にしたためておきたかったのだ。
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