夏*つづけられないものがたり

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+++  返事をするに至るまでは、大いに悩んだ。  八月が終わり、九月が始まり、私が高等学校に通い始めても、まだ返事を待たせていた。  当然の如く、一族はすっかり本家との婚姻しか目にないようで、時期や何やについて頻りに洋一郎に問うているのを見掛ける。  彼が曖昧に回答しているため、とんとん拍子に話が進むことはなかったが、それも時間の問題だった。洋一郎自身の提示した期限に関わらず、周りは放っておいてはくれないものだ。  決断の刻限が近いことを、私は重々分かっていた。  そうやって、昼夜にかけて熟考し、日を置いてはその結論が誤っていないか何度も吟味して──私は今、一つの回答を抱いている。 「洋兄様」    縁側に腰掛け、半月を眺める洋一郎に声を掛ける。  この月が膨らめば仲秋の名月となる。  いよいよもって秋めいてきたこの頃だが、洋一郎はまだ我が家に滞在していた。このまま長く居続けるのかと思いきや、長い大学の夏休みの終わりも近付いており、間もなくこの里を出るのだそうだ。  私の手にある花瓶に、洋一郎は注目する。  青白磁(せいはくじ)の花瓶には、菊花を中心とした草花を生けていた。 「そう言えば、今日は家に菊が飾ってあったな」 「今日は重陽の節句ですから、不老長寿を願って飾ったのですよ。私では、仏花を買うのが精一杯でしたけれど」 「他の節句は人気だが、最近は菊の節句を祝う家は少ない。鈴懸はちゃんとしているんだな」  洋一郎は、少し感心したように呟いた。
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