夏*つづけられないものがたり

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 やれ、月子(つきこ)は本家に嫁がせる気で育ててきただの。  やれ、町の開発を進める町議会議員の(せがれ)に嫁がせるべきだの。  話を引っ掻き回し始めた叔父を中心として、議論は大いに盛り上がっていた。  私は静かに席を立ち、自分の使用した食器を御勝手(おかって)へと運ぶ。  ()する当人が席を外したというのに、誰も私に対しては注意を払わない。  それが滑稽に思えて、私はふふ、と小さく笑った。  全て、全て、どうでも良い。  余程の悪漢でなければ、誰と結婚しても同じだ。  私の意思で決められるものではないのだから。  電球が切れ、蝋燭(ろうそく)の火が揺らめく暗い台所に一人立つ。  水を張った(たらい)に皿を浸け、他の者の分までじゃぶじゃぶと洗い物をしながら、食堂から喧騒と、(こうこう)々と輝く電灯の明かりが漏れ出すのを、私は他人事のように眺めた。  電気が通っても、女が学校に通い社会に出て行くようになっても、女に生まれた身に選択肢が乏しいことに変わりはない。  一生を決める話ですら、私の意見は影響力を持たない。  まして自分の進路を、人生の伴侶を選び取る権力など、この掌に一つとして握ってはいない。  そんなことを、通う高等学校で言ってみれば、同級の女子生徒からは夢がないと散々に嘆かれた。  彼女達は、時代は恋愛結婚なのよ、と夢見る口調でよく持論を語る。  家と家ではなく、人と人とが結婚する時代なのよ、と。  さて、世の中の言うことには、どうやらそれは本当のことらしかった。  戦火も最早遠く、親世代とは異なり先の大戦を知らない私達世代にとっては、戦前の黴臭(かびくさ)いしきたり等に、縛られる意義はないのだと。  ところが私は知っている。  高等学校に通い、自由に相手を見付けると豪語していた同輩達が、半年後に卒業を控え、次々と見合いを受け、結婚相手を家に決められていることを。  台所に下げられた食器を全て洗い、布巾で水滴を拭い、棚に戻したところで、仕事を失った私は、次の食器を待つことなく寝室へと足を運んだ。  そして、高等学校の制服、紺の半袖のセーラー服を脱ぎもしないまま、私はカラカラと窓を開け、窓の(さん)にだらしなく(もた)れ掛かった。  三つ編みにしたお下げが、夜風に吹かれて揺れる。  風鈴の短冊を指でつつき、遣り場のない気持ちを涼やかな音に昇華する。  当然気持ちが晴れる筈もなく、くるくる回りながらリンリンと音を立てるそれを、溜め息混じりに眺め続けた。
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