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ニュータウンに春が来た。
風が吹くと、何処からともなく桜の花びらがやって来て、僕に触れてはフワリと地に落ちる。
温かい風。麗らかな日差し。柔らかな土曜日の午後。
人間ならば、こんな日には思い切り伸びをしたくなるのだろうか。
人間ならば。
ザン、と風が舞い上がって、視界が淡く薄桃色に染まった。
「こんにちは」
ニコと笑って、小さな女の子が肌に触れる。
癖のある髪は愛らしく、まんまるの瞳は疑うことを知らないかのよう。
返事をして良いものか、僕は少しだけ戸惑った。
「……こんにちは」
考えた末の返答だった。気持ちだけは、女の子に目線を合わせて屈む。
と。其処にあった筈の女の子の目がない。
ただ、遠くから幼い人間特有の高めの声が聞こえた。
おかあさん、きがしゃべったあ。
あらあらそんなわけないでしょう。
でもお……。
時折困ったような女性の声が混じる。話し声が遠ざかる。
「話し掛けたのは、失敗だったみたいですな」
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