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下から聞こえた声に驚く。
気付かなかった。何時の間に其処にいたのだろう。
僕の隣に設置されたベンチに、少女が腰掛けていた。
色素の薄いチャコールグレーの長髪を掻き上げ、見慣れた顔を僕に見せる。
疑問が口を突いて出た。
「何時から……」
「何時からでも良いじゃありませんか」
彼女は口元を緩めるばかり。その微笑みに、僕は彼女を見下ろしている筈なのに、逆に見下ろされているように錯覚した。
風が再び吹いて、地に落ちた薄紅の花弁が宙に散ってゆく。
それを指で追いながら、彼女はポツリと呟いた。
「花が」
「うん?」
「君ももう直ぐ咲きますな、と」
「────カクレ」
「楽しみにしていますから、綺麗に咲いてくださいね」
花弁を追っていた手を下ろして、彼女が僕の樹皮にそっと触れる。指先の温度が心地よくて、僕は包まれているような気持ちになった。
「本来プラタナスは、花よりも実の方で有名なんだけどね」
僕の柔らかな反論に、彼女は飄々と返してくる。
「勿論、実を成すのも楽しみですよ」
「そんなに何でもかんでも楽しみにしないでくれないかい?」
「嫌ですな。仮にも博愛主義ですから」
ハハ、といつものように笑い合う。慣れた彼女との会話に興じれば、小さな憂鬱も自然と感じなくなっていた。
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