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毎年、訳も碌に知らぬ者達に飾られていた菊の花。一族の中で、後継に意味を伝える者もいなかった家。
洋一郎に褒められたが、内情はこんなものだった。
それでも私は、私個人が褒められたかのように、胸が小躍りするのを感じた。
夜風に互いの髪が靡く。
一番風呂に入った洋一郎からは、石鹸の匂いがする。
私はと言えば、朝から変わらぬお下げ姿だったため、変な臭いがしないものかどうか気になって仕方がなかった。
話はぷつりと途絶え、長くは続かなかった。
無言の洋一郎は、私の言葉を待っているようにも、そうでないようにも見える。
そのように感じるのは、私が答えを決めたからだろうか。
彼に返事をするなら、今だと思った。
少し冷えた指先を、もう片方の手で包みながら、私は洋一郎の顔を見詰めた。
「……私は、閏様に、会いに行きたいと思います」
静寂が、再び暗い庭に落ちる。
清かな月影に照らされた、洋一郎は眉一つ動かさない。
いくら凝視していようと、口を頑なに閉ざし続ける。
そんな様子に、彼に言葉を告げたこと自体が実は夢幻だったのではないかと疑い、私はやにわに言葉を紡いだ。
「閏様に会うために、洋兄様に付いてきていただきたいのです……」
私の言葉を聞いて、洋一郎は小さく溜め息を吐いた。そして、その口をやっと開いた。
「……決断したんだな」
洋一郎の言うことに、私は素直に頷いた。
彼は顔を顰めることも、怒ることもせず、ゆっくりと縁台から腰を浮かした。
「相分かった。今夜行けば良いのか?」
息を呑む。私の決断したことが、洋一郎の手を借りて、実現へと向かっていく。
それは恐ろしくもあったが、期待もあり、気が逸って仕方なかった。
私ははっきりとした口調で、宜しくお願いいたしますと頼んだ。
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