秋*おわるしかないものがたり

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 海辺の町の夏は、長い。  尤も、日本全国と比較して、極端に暑い気候の地域にいる訳ではないのだが。  春、麗らかな日差しと潮の香は、彼岸を待たずに人々を潮干狩りに駆り立てる。そして間もなく、閑散としていたヨットハーバーに、町の外から利用者が一人また一人と訪れてくる。  出先の窓に、自宅の庭に、本格的な春の訪れを発見する頃には、既にコートは無用の長物となり、砂浜に屯するシャツ姿の若者達を常時見掛けることとなる。  薄紅の九分咲き桜が、若草色の主張の強い葉桜になる頃には、大型連休に先んじてすっかり初夏らしい海風を吹かせる町になる。  そして、爽やかな初夏を迎え、()だるような梅雨、海水浴場の最盛期たる夏休みを越え、彼岸花が咲く秋分の頃になって。  漸く夜風に涼しさを感じるようになってきた。  これが、先月の話だ。  長袖一枚では冷えるため、カーディガンを羽織って、鞄と梱包された小箱を手に持つ。  殊に今年は残暑が長引き、秋の訪れが遅かった。  一方で此処数週間、今までの遅れを急速に取り戻すかのように、強烈な寒気が居座り、後れ馳せながらもちらほらと落葉広葉樹が色付きを見せている。  きっと、今年の秋は短いのだろう。  来たばかりの秋の影に隠れて、もう冬が顔を覗かせている。 「梅重(うめがさね)さん()に行ってきます」  靴を履き、三和土(たたき)から奥の部屋にいる母に声をかける。  返事はなかったが、大方『取り込み中』と言ったところだろう。私は特に気に留めず、そのまま引き戸をガラガラと開けて庭に出た。
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