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 羽柴(ハシバ)は一枚の写真の前でかれこれ十分近く立ち止まっていた。平日の午前中と言う事もあり、ギャラリーの中にいる人はまばらだ。その中でも、胸ポケットに小さな校章の入った真っ白な白シャツに黒いパンツを穿いた学生服姿の羽柴は特に目立って見える。服装も相まって、写真の前から動かない彼を物珍しそうに、時に邪魔そうに周囲の人は遠巻きに見ては通り過ぎて行く。そんな周囲の様子に微塵も気付いていないのか、相変わらず彼はじっと立ち尽くしている。 「その写真、随分気に入ったんですね。」 肩に手を置かれて初めて、羽柴は我に返ったように振り返った。彼の視線の先には、眉毛も髪も髭も真っ白ながらしゃんと背筋の伸びた老人の顔。着物に帽子を被り、ステッキと呼びたくなる洒落た杖を持つ姿は明治時代が似合いそうだ。 「ええ。何だかつい、魅入ってしまって……。」 見知らぬ老人の姿に、やや戸惑いながら彼は答える。そんな羽柴の様子を気にする風でも無く、老人は何処か嬉しそうに笑いながら言った。 「それは良かった。この写真は、娘の最後の作品なんです。」
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