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村で暮らしていた頃、当たり前だった慣習が、こんなにも息苦しく煩わしい楔に思えるなんて。
「俺は――おつたと暮らせるなら、どこでもいいんだ」
「何てことを……!」
酒が回ったせいもあるのか、喜助は馬鹿正直に答えた。そんな彼を見下ろす格好で、長兵衛は仁王立ちになった。
「まあまあ、落ち着きなさい、長兵衛さん。村で暮らすも離れるも、追々相談すればよい。昨日の今日で性急に決めることもないだろう」
弥太郎がふたりの間に割って入った。
色に惑った甥っ子に、殴り掛からんばかりの長兵衛を周りの男達も抑えた。
「長兵衛さん、喜助は暫く家で預かる。宜しいな?」
村長の面子を潰す訳にはいかない。長兵衛は握った拳をぐっと固くして、引き下がった。
「すまない、村長。うちのモンが厄介になります。喜助。落ち着いたら、きちんと話し合うぞ」
「……はい」
「よし。皆の者も今日の所は、このくらいにして、喜助を休ませてやってくれ」
弥太郎は満足気に頷き、集まった男達を見渡した。
村人が各々の家路に着いた頃には、黄金色の十六夜が夕陽と入れ替わるようにして、東の空に顔を覗かせていた。
前夜一睡もしていなかった喜助は、用意された客間に戻ると、倒れるように布団に潜り込んだ。
半時後に、弥太郎が風呂に誘いに来た時には、襖の外まで高鼾(いびき)が聞こえていた。
弥太郎は、喜助が起き出すまで声を掛けないよう、家人に言い置いてやった。
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