其ノ五

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 ところが翌日、丸一日経っても、喜助は目覚めなかった。  ぐうぐうと豪快に鼾の音を響かせて、大の字に眠りこけている。  更に日付を越えた次の朝になっても、全く様子が変わらない。 「喜助! おい、喜助?」  流石に異変を感じた弥太郎は、心配になって身体を揺さぶった。身柄を預かった手前、責任もある。  しかし、若者は瞼を開けず、心なしか顔色も青白く見える。  弥太郎は、隣町まで医者を呼びに使いを送った。  一日待って、医者が到着した。 「もう四日目になります」  初老の医者は、弥太郎から喜助の身に起こった不思議な出来事を含め、事の次第を聞くと、眉間に皺を刻んだ。 「……確かに、奇妙な話じゃ」  寝ている喜助の右足の傷痕を見た医者は、更に首を傾げた。 「そもそも骨折がふた月で治るとは思えぬ。この傷痕、まるで蔦のようじゃ」  弥太郎はドキリとした。言われて見れば、蔦の葉が張り付いて弦が伸びているようにも見える。  蔦――。  喜助の恩人のおなごの名は、何と言ったか? 奇妙な符合――『おつた』と言っていなかったか? 「……それで、喜助はどうなんでしょう? 目を覚ますんでしょうな?」  胸騒ぎを押さえ、弥太郎は医師を覗き込んだ。  白くなった顎髭を撫でながら、医者はますます難しい顔で首を振った。 「すまぬが、皆目見当がつかぬ。今のところ命に別状はなさそうじゃが――このまま目覚めねば、いずれは覚悟が必要になりましょう」 「何てことだ……」  弥太郎はガクリと項垂れた。せっかく生きて帰ったというのに。  跡取りのいない弥太郎は、親友の忘れ形見をいずれ養子に迎えようとさえ、心密かに考えていたのだ。 「村長。力になれず、すまないの」  医師は滋養のある食べ物や水分を飲ませることができれば、幾らか命を繋ぐことはできるだろうと言い残して、帰って行った。  その夜、弥太郎は長兵衛を呼んだ。  使いの者に連れられて来た長兵衛は、寝ている甥っ子を険しい顔つきで見つめた。 「こんな事になってすまない、長兵衛さん」 「あんたのせいじゃない。きっと……こうなる運命だったんだ」  喜助の側に腰を下ろした長兵衛は、そっと甥っ子の頬を撫でた。  触れた肌は温かい。このままゆるゆると命が消えていくなんて、悪い冗談としか思えない。
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