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ところが翌日、丸一日経っても、喜助は目覚めなかった。
ぐうぐうと豪快に鼾の音を響かせて、大の字に眠りこけている。
更に日付を越えた次の朝になっても、全く様子が変わらない。
「喜助! おい、喜助?」
流石に異変を感じた弥太郎は、心配になって身体を揺さぶった。身柄を預かった手前、責任もある。
しかし、若者は瞼を開けず、心なしか顔色も青白く見える。
弥太郎は、隣町まで医者を呼びに使いを送った。
一日待って、医者が到着した。
「もう四日目になります」
初老の医者は、弥太郎から喜助の身に起こった不思議な出来事を含め、事の次第を聞くと、眉間に皺を刻んだ。
「……確かに、奇妙な話じゃ」
寝ている喜助の右足の傷痕を見た医者は、更に首を傾げた。
「そもそも骨折がふた月で治るとは思えぬ。この傷痕、まるで蔦のようじゃ」
弥太郎はドキリとした。言われて見れば、蔦の葉が張り付いて弦が伸びているようにも見える。
蔦――。
喜助の恩人のおなごの名は、何と言ったか? 奇妙な符合――『おつた』と言っていなかったか?
「……それで、喜助はどうなんでしょう? 目を覚ますんでしょうな?」
胸騒ぎを押さえ、弥太郎は医師を覗き込んだ。
白くなった顎髭を撫でながら、医者はますます難しい顔で首を振った。
「すまぬが、皆目見当がつかぬ。今のところ命に別状はなさそうじゃが――このまま目覚めねば、いずれは覚悟が必要になりましょう」
「何てことだ……」
弥太郎はガクリと項垂れた。せっかく生きて帰ったというのに。
跡取りのいない弥太郎は、親友の忘れ形見をいずれ養子に迎えようとさえ、心密かに考えていたのだ。
「村長。力になれず、すまないの」
医師は滋養のある食べ物や水分を飲ませることができれば、幾らか命を繋ぐことはできるだろうと言い残して、帰って行った。
その夜、弥太郎は長兵衛を呼んだ。
使いの者に連れられて来た長兵衛は、寝ている甥っ子を険しい顔つきで見つめた。
「こんな事になってすまない、長兵衛さん」
「あんたのせいじゃない。きっと……こうなる運命だったんだ」
喜助の側に腰を下ろした長兵衛は、そっと甥っ子の頬を撫でた。
触れた肌は温かい。このままゆるゆると命が消えていくなんて、悪い冗談としか思えない。
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