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「久兵衛が、息子だけでも皆に看取られるように、あの世から還してくれたんじゃなかろうか」
長兵衛の横顔は、悲し気だ。嫁の件での衝突も、喜助や一族のことを思っての苦言だ。
彼の心痛を思んばかって、弥太郎はそっと肩に手を置いた。
「わたしは、まだ諦めてはおらんよ」
「ありがとう、村長。今夜は、喜助と二人にしてもらえまいか」
振り向いた長兵衛の瞳は、酷く優しく見えた。
それが弥太郎には、堪らなく切ない。
「布団を用意させましょう」
「いや、それには及ばぬ。ただ……こうして側にいたいのだ」
村長の気遣いに感謝しつつ、首を振る。
遠からず訪れる最期の時まで、ずっと見守ってやりたいのは本音だが、四六時中離れずにいることはできない。長兵衛にも家族があり、暮らしがある。
だから、せめて今夜――長兵衛は今生の別れを送る覚悟を決めた。
「何かあれば、遠慮なく声を掛けてくだされ」
弥太郎は、もう一度ポンと肩に触れ、静かに客間を出て行った。
喜助の低い鼾が、沈黙の中、規則的に繰り返されている。
その音だけが、まだ彼の命が続いていることの合図だ。
しばらく喜助の顔や腕を撫でていた長兵衛だったが、やがてゴロリと畳に横になった。
灯籠から漏れる弱い光が、天井や襖の上でゆらゆらと揺れている。
眺めながら長兵衛は、久兵衛や喜助と過ごした過去の日々をとりとめもなく思い返していた。
-*-*-*-
息苦しさに目を開けて、長兵衛はいつの間にか眠ってしまったのだと知った。
見慣れない立派な天井板が飛び込み、村長の家に来ていたことをすぐに思い出した。
「――う……ぐっ……?」
声を上げようとして、異変に気付く。喉が締め付けられて、声が出ない。
隣の喜助の様子を見るために起き上がろうとしたが――身動きができない。
その瞬間、長兵衛はゾッとした。
身体中、至るところに細い紐状の何かが巻き付いているらしい。
巻き付いて、がんじがらめにしているばかりか、皮膚のあちこちがチクチクと痛む。
「――ヒッ?!」
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