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「――あぁ、よく寝たなぁ」
柔らかい光に包まれた室内で、喜助は大きく伸びをした。
久しぶりに身体が軽い。
もう一度大あくびをして、彼は布団から這い出した。
布団の横に、焦げ茶色の着物が落ちている。着替えだろうか。それにしてはきちんと畳まれず、乱雑に脱ぎ捨てられたみたいな置き方だ。更に着古した感じがありありとする、地味な着物である。
喜助は着替えずに布団を畳むと、その上に着物を重ねた。
「長兵衛さん、朝飯を――」
襖の外から小さな足音が近づき、弥太郎が現れた。
「あ、おはようございます。すっかり寝過ごしてしまって……」
顔を上げた喜助は、敷居を跨いだまま固まっている弥太郎の様子に気付き、言葉を切った。
「お前、喜助かっ?!」
弥太郎は弾かれたようにガバと喜助に飛び付き、両手で肩を掴んだ。余りの驚きように、喜助の方が腰を抜かし掛けた。
「ど、どうかしたんですか?」
弥太郎は、喜助の全身を食い入るように凝視した後、
「お前……具合は大丈夫なのか?」
やっとそれだけ、絞り出すように尋ねた。
二、三度瞬きして、喜助はコクコクと頷いた。
「……長兵衛さんは、いないのか」
「――え? 伯父さんが来ているんですか?」
喜助の狐に摘ままれたような表情を見て、弥太郎は不吉な予感に駆られた。
ゆっくり喜助を離すと、彼はひとつ息を付いてから、ガランとした客間を見回した。
そして、布団の上の着物に気付いた。
「……喜助、あの着物はどうした?」
声が微かに震え、上ずっている。訳が分からないが、喜助は真面目に答えた。
「さっき起きたら布団の横にあったんです。あなたが用意したものじゃなかったんですか?」
弥太郎は、その場にへたりと座り込んだ。
「まさか――いや、そんな――」
「……弥太郎さん?」
みるみる血色が失われ、額に脂汗が浮かぶ。弥太郎は喜助に焦点を合わせた。
「……よいか、喜助。よく、聞け」
心なしか呼吸が荒い。興奮を抑え込んでいるかのようだ。
喜助は黙って頷いた。
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