其ノ六

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「お前は、どうする気だ」 「おつたが何者か確かめるつもりです。村に災なす者であれば――或いは」  刺し違える覚悟だ。  やはり、心は在りし日の喜助のままだ。 「弾をいただけますか、村長」 「分かった。用意させよう」  弥太郎はしっかりと頷いた。 「ありがとうございます」  喜助の瞳の中に感謝の色が広がり、いたたまれなくなる。  弥太郎は、若者の肩に手を置くと、ゆっくり立ち上がった。 「飯を運ばせる。村の味を覚えていけ」  頭を下げた喜助の膝元がパタパタと濡れた。  声を殺して泣く若者を残して、弥太郎は客間を後にした。  閉じた襖の外側で、彼もまた身を切るような悲しみに涙が溢れていた。 -*-*-*-  ところが、その日の午後から風が強くなり、日没前には雨が降り始めた。  空の機嫌を見ながら、雲が切れたら無理を押しても出て行こうと思ったが、皮肉な空は雨粒を大きくするばかりだ。  喜助は、村長一家に禍が及ばないよう、かつての自分の家に行くと主張したが、弥太郎は頑として認めなかった。 「見張る目がある方がいい」  その意見はもっともだった。 「分かりました。もし何か異変に気付いたら、あなたが俺を始末してください」  弥太郎もまた、煮え湯のような条件を飲まざるを得なかった。  結局、それから三日三晩、雨は降り続き、月が夜空に現れたのは、日付を跨いだ四日目の深夜だった。  実に、喜助が村に帰ってから九日目の夜になっていた。 「本当に、世話になりました」  手入れした猟銃を担ぎ、もらった銃弾が入った巾着を掴んで、裏口の木戸に立つ。  思いがけなく水を差された出発だったが、喜助の心は揺れなかった。  むしろ、弥太郎一家に何事も起こらず過ぎたことに安堵していた。 「こんなことしか出来なんだ……」  引き締まった顔つきの喜助に対して、見送る弥太郎は、この数日間で突然老けたようだった。  喜助を見張るために、きっと神経を尖らせていたのだろう。 「ありがとうございました、弥太郎さん。どうかお達者で」  深々と一礼し、喜助は木戸を開けた。するり外へ身を滑らすと、後ろ手で戸を閉めた。  これでもう、この世に自分の居場所はない――。
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