25人が本棚に入れています
本棚に追加
「喜助さん……外の蔦を見たでしょう? あの蔦と私は一心同体。養分が足りないと、枯れる定めなの……」
「だが、俺と暮らしていたふた月余り、お前は美しかったではないか?」
馬鹿正直な喜助の問いに、おつたは寂しげに口元を弛めた。
「――それは、まだ養分が足りていたから」
「養分とは何なのだ」
「……喜助さん、あんたの足に傷があるでしょう?」
ゾクリとした。
弥太郎の言葉が思い出される――『脛の傷痕が蔦のようだ』。
「やはり、お前は俺を化け物に変えたのか」
喜助の目付きが険しくなる。猟銃を握る手に力が入った。
「あの夜、あんたは酷い怪我と熱で……こうするしか救えなかった。でも、あんたの若い血は、私を随分生き返らせてくれたわ……」
彼女は目を伏せた。その表情は、老けてなお、かつての彼女が時折覗かせた悲し気な表情だった。
喜助の心に迷いが広がる。
庵に着くまでは、腹の底から憎しみが沸き上がるのではないかと思っていた。
自分から故郷を奪い、人であることを消し去った化け物を、撃ち殺すつもりで弥太郎に銃弾をもらったのに。
「――おつた、俺をなぜ生かした? どうして一息に殺さなかったんだ?」
赤みの薄れた唇が、綺麗な弧を描いた。
「それは……あんたに惚れたから」
喜助は嘆息を付いた。
あぁ、俺には無理だ。
正体を知ってなお、醜い姿を恥じて弱々しく佇む彼女が、堪らなくいじらしい。
村に帰るまでのふた月余り、彼女はいつでも自分を喰い尽くすことができた筈だ。それなのに、甲斐甲斐しく介抱し、睦まじく寄り添うことを選んだ彼女を、どうして手にかけられようか。
一歩近づくと、そっと彼女の頬に触れる。弛んで皺の寄った肌は、しっとりと冷たい。
「俺の血があれば、若返るのか」
じっと丸い瞳を喜助に向けて、おつたはコクリと頷いた。救い手を見つけた迷い子のように、素直な眼差しだ。
「……そうか」
喜助はもう一歩進み、身を固くしているおつたを胸に抱いた。
吸い付くような柔肌ではなかったが、腕の中の存在はしっくりと馴染み、自分も同質のものになったことを示しているようだった。
最初のコメントを投稿しよう!