scene1.彼らの世界

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 小さなたんぽぽを踏み潰した。噛みつかれる前に。足元から叫び声が聞こえた。マコトは一度動きを止め、今度はもっと念入りに、すり潰すように靴の裏でそれを殺しきった。もう声は聞こえなかった。  灰色の空が今日も頭の上で不吉に渦巻いていた。ときどき、あの空が落ちてきてこの地上を押しつぶしてしまうのではないかと空想する。 もしかするとそれを望んでいるのかもしれない。防護マスクで蒸れた口元がかゆい。マスクの物理的な息苦しさがこの世界の潜在的な息苦しさを押し上げているような気がする。 灰色の空。舞い散る花粉と砂埃。廃墟と化したビル群。そんな外の世界から逃れる地下暮らしを続けるしかない生活が息苦しくないはずがない。 「活動限界まで残り二十一分」  防護服に搭載された計測器が発する穏やかな女性の声が死までの時間を正確にアナウンスしてくれる。 マコトは脳内でマップへの接続コードを起動し、ヴィジョン信号をリクエストした。レスポンスとして補助視覚に周辺の地理情報が浮かび、目的地までのルートと所要時間が表示される。 五分二十八秒。 班員のことを考えると微妙な距離だった。先ほどの戦闘で時間を使いすぎた。 今回の遭遇でルートBは廃棄するしかなくなった。ルートはまだいくつか確保してあるが、今回のような複数人での食料補給班を遠征に出すリスクは高く、少人数での遠征にならざるを得ない。 そうなると補給回数が増えるので、結局リスクは高くなる。ヤシロに戻ったらオズワルドと話し合わなければ。
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