船霊

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 久美子は朝2時半から新聞配達をし、終えた後には、7時からのスーパーの早朝、品出しは10時開店に間に合うように、時間との戦いであった。  午後1時からの勤務は、コンビニのレジ専門で夕方五時迄と無理を店長にシフトにしてもらった。  実に、フル回転の掛け持ち状態であった。  生活の為とはいえ、子どもたちにはさみしい思いをさせていると思うと、申し訳ない気持でいっぱいであった。  久美子が仕事をしている間は、史恵は近くにいる、妹に頼んで働いていた。  仕事から仕事に行く合間には、幼い史恵が不憫だと思い、妹の家に立ち寄っては僅かな時間でも、一緒に居てあげれるようにしていた。  2人を育てるにはギリギリの生活をしていた。  神向寺家が訪れた時に、久美子の生活環境を最大限に守ってやりたいとの事で、久美子に、神向寺家で働いて欲しいと言われた。  ご厚意に甘える事となり、1番喜んだのは隼人であった。   働き尽くめの母を見て、少しは寝る時間が出来ると思ったようだ。  久美子は神向寺家の一切の家事を任された。  まだ保育園には通えない史恵は、久美子と朝一緒に家を出て、神向寺家に行って、1日を過ごす事が当たり前の様になっていた。  史恵の遊び場は神向寺家の中庭に建ててある東屋であった。  切株が形良く手入れが行き届いた丸椅子に、座ってお絵かきしたり、独りで居ても寂しいと思ったことはなかった。  遊び場はもう一つあった。  神向寺家の斜めうえにある神社である。  神社には、亡き夫が隼人を連れてよく参拝に訪れては、広い境内の周りを散策して時間を過ごしていた。  史恵は父親と神社に来た事は無い。  長い石段を上がって行くことも楽しいと思えるのは、遊び心がその様にさせたのかも知れない  神向寺家は昔から毎月一日は季節の果物や野菜等を神社の神棚に供える事として、久美子は神向寺家に頼まれて、史恵は母に連れられて石段を遊びながら上がって行くのも、母と一緒にいれる楽しみの一つであった。    
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