25人が本棚に入れています
本棚に追加
――時計の針は、すでに2時を指している。昼食を食べるのも忘れて読書にふけってしまった。
半分ほど読み進んだ小説に栞をはさみ、財布を手に取った。徒歩5分圏内のコンビニで弁当でも買ってこよう。
周辺地域の洪水警報は解除されていた。分厚い雲の隙間から青空が覗いている。
玄関のドアノブに手をかけた時、微かに降り続ける雨の音に紛れて、コツコツコツと足音が近づいてきた。それは、格好つけてパンプスを履いた彼女の姿を俺に連想させた。
その足音は俺の部屋の前で止まると、また離れていった。パンプスが地面を叩く音は、やがて小雨の音の中に消えた。
ドアノブに力を込めた時、体全体が強ばっていくのを感じた。ドアノブに何かが引っかかる感覚がする。
案の定、アパートの通路は雨が吹き込み水浸しになっている。
アパートから赤い傘が離れていくのが見えた。けれど、俺は追おうとは思わなかった。
ドアノブには紙袋がひとつぶら下がっている。茶色で無地で無愛想な紙袋。
それをそっと手に取って部屋の中に戻った。
最初のコメントを投稿しよう!