3章 心に宿る不信感

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――時計の針は、すでに2時を指している。昼食を食べるのも忘れて読書にふけってしまった。 半分ほど読み進んだ小説に栞をはさみ、財布を手に取った。徒歩5分圏内のコンビニで弁当でも買ってこよう。 周辺地域の洪水警報は解除されていた。分厚い雲の隙間から青空が覗いている。 玄関のドアノブに手をかけた時、微かに降り続ける雨の音に紛れて、コツコツコツと足音が近づいてきた。それは、格好つけてパンプスを履いた彼女の姿を俺に連想させた。 その足音は俺の部屋の前で止まると、また離れていった。パンプスが地面を叩く音は、やがて小雨の音の中に消えた。 ドアノブに力を込めた時、体全体が強ばっていくのを感じた。ドアノブに何かが引っかかる感覚がする。 案の定、アパートの通路は雨が吹き込み水浸しになっている。 アパートから赤い傘が離れていくのが見えた。けれど、俺は追おうとは思わなかった。 ドアノブには紙袋がひとつぶら下がっている。茶色で無地で無愛想な紙袋。 それをそっと手に取って部屋の中に戻った。
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