大好きなんです

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「腹が減ったんだ。もうかなり長い間食べてなくて」  あたしよりも頭半個分背が高い彼はうつむいて、中に怪獣がいそうなお腹をさすった。あ、また鳴った。どれだけ食べてないのよ? 「パンとヨーグルトだったらあるわよ?もしかして、お腹がすいて倒れてたの?」 「この町に入って夜になって、何となくさまよっていたらいい匂いにつられて。気づいたら…………いや、そういう普通の食事はいらないんだ」  いわゆる、行き倒れってやつね。明日の分のパンとヨーグルトがあるよと持ってこようとして、あたしの横を彼が通り過ぎた。  フラフラしてまっすぐ歩けない彼が店の中に入って、冷蔵ショーケースの取っ手に手をかけると扉を開ける。  ちょっと、勝手に何をしてるの!?さすがに慌てて止めに入ろうとしたけど、遅かったわ。彼は手を伸ばして真っ赤に色づいたバラの切り花を数本取り出す。  お客様がケガをしないように、1つずつ丁寧に棘を取ってある最近入荷した赤いバラ。彼はそれを、1つの花をパクッと一口で食べちゃった!?  食用のバラでも独特の香りが強すぎてあんまり美味しくないのに、ただの切り花のバラですよ!?なのに彼は数回咀嚼しただけで飲み込んで、すぐにまた二口目をパクッ。  開いた口が塞がりません。この人、マジでバラを食べちゃってる。葉や茎も途中まで。美味しそうに笑みを浮かべながら。何なのコレ、信じらんない。  赤いバラを3つ、黄色いバラを2つ。それから白と紫の桔梗を2つずつ食べて、あたしはやっと我に返ったわ。 「も、もうやめてくださいっ!それ、売り物です!」  いや、売りものとかいう問題じゃないでしょ。って自分にツッコミ。また赤いバラに伸ばそうとした彼の手をつかんで、下がらせる。  目が合った。キョトンとしていて、黒縁眼鏡がちょっとずり落ちた。今のあたし、どんな顔をしてるんだろう?
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