0人が本棚に入れています
本棚に追加
そしてしばらく月日が経った。
代わりの体は手に入らずに、女性はずっと犬の体での生活を余儀なくされていた。
慣れない犬としての生活。元々人間なのだから他の犬が何て言ってるかもわからない。
頼れるのは男だけだった。
しかし、その男も最近様子がおかしかった。
ことあるごとに自分の前から姿を消し、どうも後ろめたい様子が感じられたのだ。
「悪い…」
男は女性にそう謝ると、犬の運搬用のケージに彼女を詰め込み車に載せて、
道を急いだ。
不安げな顔で彼女は辺りをキョロキョロ見渡した。
目的地に着き、男はケージを車から降ろし、女性をケージから出すなり車で走り去った 。
女性は驚きのあまり必死に男の車を追いかけたが、
慣れてない手足に車とではスピードが違いすぎて到底追いつけなかった。
それから彼女の生活は地獄のような生活に一変した。
ご飯を食べようにも犬の彼女に食料を手にいれるすべはなく、
残飯を食い漁る他の犬を見ては悲しげにウーっと呻る《うなる》ことしかできなかった。
メス犬の体になった自分を見て、オス犬が駆け寄ってきて交尾を迫ってきたときは
必死になって逃げたものだ。
そうした犬の生活から疲れ、道端で力なく倒れてるところを知らない人に拾われた。
普通の生活にありつけるのがすごく嬉しかった。
嫌われないように、恥ずかしい気持ちを必死に抑えて犬としての芸をした。
嫌われないように、犬として当たり前の行動を心がけた。
ふと鏡を見ると犬の自分の姿を再確認する。
自分がしたかったのはこんな生活だったのだろうか?
普通の生活をするためにプライドを捨てて、媚を売るような生活がしたかったのだろうか?
生きることが唐突に馬鹿らしくなった。
彼女はふらふらと飼い主の家を飛び出して、道を走る自動車の前に飛び込み自殺した。
彼女は男に必要とされたから生き残り、男から必要とされなくなったから死んだのだった。
最初のコメントを投稿しよう!