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<What I got from broken heart>
初めての恋が、初めての失恋だった。
初めての恋は、必ず実るものだと思っていた。私の読んだ昔ながらの少女マンガはそう教えてくれていた。放課後、校庭の体育館裏で想いを届けるというベタベタなシチュエーションも、夜中、寝転んで読んだ少女マンガから学んだ。SNSやLINE、メールや電話で通じた告白なんてはNG。正々堂々、面と向かって告白した。そんな勇気を振るったメッセージだったから、ハッピーエンドを描いていた。
だから私はそうなるものだと予感していた。
いえ、告白の後は一緒に腕を組んで帰ると確信していた。
休みの日には一緒に遊園地に行ってお化け屋敷に入って、大声あげて怯えて君に思い切り抱きつくのだろうと想像していた。クラスのみんなには付き合っている事は内緒で、何処か二人だけで落ち合う場所を決めて、ソフトクリームを食べながら下校するのを夢心地していた。そんな明日を信じていた。
もうすぐ私の誕生日。
大好きな君が私に誕生日プレゼントをはにかみながら贈る情景ばかりが心に満ちていた。喜びを与えてくれると勝手に想像していた。
だけど君が私に贈ってくれたのは哀しみだった。切なさだった。
そして、涙だった。
君はたった一言、ごめん、と告げただけで踵を返す事もなく、すぐに私の側から去って行った。
私はただ放心して佇むだけ。
残酷な人。
私は刹那、そう思った。
でも、その君の振り返る事なく私から離れていく行為が、君の精一杯の優しさなのだと分かった。だからこそ私の初恋の人なのだと。私に初めて恋を覚えさせた張本人なのだと。そんな意地悪な男の人だと。
君が贈ってくれた涙は教えてくれた。
私に恋が幸せの裏に切なさがある事を知らせてくれた。
だけど私は恋する心は嬉しい気持ち、それ以外の心情はないと、頑として強がる。
だから私は嘘をつく。
自分自身に嘘をつく。
私は君に恋心など抱いていなかった、と。
初恋ではなかった、と。
私は何も失ってない、と。
心にポッカリと穴が空いたわけではない、と。
初めての恋が、初めての失恋だった。
それは私の誤解だった。
君を想っていた気持ちは恋ではなかったのだから。
そんなことを、私に初めて失恋させた初恋の人と映っていた君が教えてくれた。
私は君の事が本当は大嫌いだったのに、初恋の人だと勘違いさせた君が、いつも優しい笑顔を私に見せていた君が、そうさせた。
本当の涙の意味を教えてくれた。
友達同士での雑談で笑い涙すること。
重病の末に亡くなってしまう主人公の映画を観て涙すること。
人の不幸をまた聞きして涙すること。
怪我の痛みや、暗闇の恐怖で涙すること。
真の涙がそうでないことを、教えてくれた。
心からの涙は、闇雲に瞳を霞めるだけではないということを、導いてくれた。
だけど、それだけ。
ただそれだけの人なんだ、君は。
初恋の人と思い違い、初めての失恋と間違わせる、そんな涙を添えてくれた君だった。
そう想って私は涙を拭う。
そして、嗚咽をあげながら自分自身に嘘をつく。
だけど私を泣かせたのは君だ。
たった一人の君だ。
あなただけなんだ。
風が吹いた。私の気持ちを他所に、頬に伝わる涙で湿った風が、ふんわりヘアーでオシャレした髪をなびかせる。イートン・ジャケットの制服が僅かに揺れる。風のせいなのか、肩を震わせているからかは、私には分からない。
だから私は私に嘘をつく。
涙目に滲んでいた夕焼けは、いつの間にか自らがビロード色の空に染めた蒼穹から逃げ去っていた。
暗闇が包み始める。皮肉にもまるで私の心の色を表すかのように。
ただ一節、月光だけが私の眼前に延びていた。
そんな唯一、月明かりの下、佇んでいる私だけがいた。
弱々しい一縷の灯は、私に声で表現する術を、その勇気を、与えてくれた。
さよなら、と。
そっと一言呟いて。
そっと独りで囁いて。
了
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