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「だから僕の書く『黒川先輩』のお話はだめってこと?」
「……それはまだ私にはわからない」
彼女の瞳は熱をもっているのに言葉はどこか冷たいものを含んでいました。
「心霊スポットとかに興味を示す人が増えたりすると危ないかな?」
僕の懸念を聞いて彼女は何か拙劣な冗談でも聞いたかのように低く含み笑いました。
「それは多分逆なのよ」
「逆?」
「なんで人は嬉々として心霊スポットを訪れると思う?」
「それは幽霊に興味があるから……じゃないの?」
「そう、そこが逆なの、私が思うに……」
不意に心底哀しそうな顔になって彼女は呟きました。
「心霊スポットに行くような人は心霊に好奇の念はあっても、その存在は信じていないのよ」
そこまで聞いて彼女の言いたいことが少しわかるような気がしました。
「幽霊の存在を信じていない人がそれを信じるようになるにはどうしたらいいのかしらね?」
唐突な質問でしたが、私はしばらく思案して頭に浮かんだ考えを答えました。
「えっと、実際に本物の幽霊を見れば信じるんじゃない?」
「なんで?」
「えっ、なんでって」
「幽霊を信じていない人が心霊スポットなんかで実際に幽霊を見たら多分こう言うんじゃない……なんか変なもの見たって」
彼女の言葉は的を得ていました、おそらく人は幽霊らしきものを見てもまずは幻視、幻聴、つまり見間違いか正体不明なものとして通常認識するのです。
現代の人は心霊的な存在を信じていない、それは表面的なことではなく私達の意識の深部まで浸透している真理のようでした。
「だから頑張りなさいよ、あなたの書く話で信じてもらうために」
信じてもらうために……その言葉をつとめて自然に解釈しようとすると、実に恐ろしいことを言い漏らしているのでした。
出会った時からそうでしたが、相変わらず彼女はおっかないことをさらっと言ってのけてしまう。
戸惑うこともありましたが、今ではこの不思議な縁については感謝しているのです。
僕は彼女と共に今もこの世の『真実』らしきものの一つを覗かせてもらっているわけですから。
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