第1話 『潤い』

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第1話 『潤い』

通学途中、僕は揺れる車窓の先に広がる海に見惚れていた。 朝の太陽の光に反射する海面は忙しそうに輝いていて、ずっと眺めていても飽きを感じさせない。 それと同時に、心地のよい電車の揺れは僕の背中に密着した朝の気だるさを更に酷くさせた。 東海道線を走るこの電車は他の電車にはないスピード感と軽快さがある。 これにひとたび慣れてしまうと、走行距離と乗車時間が良い意味で比例してない様に感じてしまう。 快適を約束させるスピードの裏では、憂鬱の先へと向かって外の景色はどんどん流れていく。 仮眠を取る間も与えられないまま、あっという間に目的の茅ヶ崎駅まで到着しました、という車内アナウンスが流れた。 ドアが開かれると、色んな制服を着た学生たちや、急ぎ足のサラリーマンの集団が一斉に飛び出して羊の群れと化してエスカレーターを登っていく。駅には直結したステーションビルもあるから、朝でも学生やサラリーマンに限らず、お洒落な格好をした人たちもちらほらと目立つ。 ここ、茅ヶ崎という海沿いの街には、サーファーが波乗りに興じたり、朝からゆったりとできるお洒落なカフェがあったり、スローライフという言葉がとてもお似合いだ。 僕は同じ制服を着た学生達の群れに溶け込むように、共に羊となって駅の中を進んでいく。 茅ヶ崎駅の北口を出て、そのままロータリーへ。高校まで行くのに、僕は辻堂方面行きのバスに乗り継ぐ。 今日は、いつもより通学路が賑やかになるだろうと、一目で判る。 何故なら今日という一日は、全国の学生達にとって特別な日だからだ。 バスの車内にはこれから新しく始まる高校生活に胸を踊らせながら、楽しそうにお喋りをしている真新しいローファーを履いた新入生達が沢山座っていた。 ーーつり革を掴むそんな僕は、この春、早いもので高校三年生になる。 この生活も残すところ後一年なんだと思うと、なんだか嬉しいような、嬉しくないような。 この気持ちをうまく言葉にして説明できない僕は、自然とつり革をぎゅっと掴んだ。
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