亡き女、傍の男

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亡き女、傍の男

日野ななみが死んだのは、午前6時45分のことだった。 運転していた車が、対向車と激突。 頸骨骨折。 その美貌と年齢を思えば、あまりにあっけない最後だった。 通報を受け、現場に急行するパトカー。 陸続と所轄からかけつける応援。 全てを事務的な作業として済ますべき彼らの目にも、その遺体のむごさは胸に迫った。 愛上玲香もその一人だ。 高校を卒業して、そのまま警察学校へ。 大卒よりもあらゆる面で不遇な上に、女性。 そんな男社会においても、玲香は劣っているつもりはない。 むしろ周りをけちらしてやる勢いで……ただの交通課だとしても、仕事に励んでいた。 それだけに、乱れながらもきっちりした生地のスカート。 衝撃で歪んでいながらも、尚整ったまなだち。 同じキャリアウーマンとして……相手はそう思われたくはないかもしれないが、心に訴えるものがあった。 どちらにせよ、死体は監察医には語ることあれど、平の一巡査には語ることがない。 「ほら、整理整理」 事故現場は大分片付いたものの、まだ事故車が回収されてもいない。 交通整理に追われる彼女にとって、やがて死体の残像も薄れていった。 通りすぎて行く車の影だけが、今の彼女の相手だ。 ※※※※※※※ 雨が降っていた。 周りの野次馬は傘を差し、ひそひそ立ち話をしている。 田舎の一事故。 ありふれた光景。 それでも、それは非日常だった。 「……」 少年は、静かに、生気もなく佇んでいた。 雨粒が、頬をつたいおちる。 少年は群衆にまぎれきれない、ひどく目立つ容姿をしていた。 整った顔立ち。 細すぎる体。 長い前髪で、その表情はうかがえきれない。 ただ、一つ。 騒然とした周囲の中で、ほくそ笑んでいたのは彼だけ、だった。
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