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「凪……」
小さくつぶやいた私の前で、凪がゆっくりと振り返った。
「莉子」
凪の唇がそう動く。私は凪のそばに駆け寄る。
胸がすごく、苦しい。
私が凪の前で立ち止まると、凪はうつむいた。そしてか細い声でぽつりとつぶやく。
「……ごめん」
涙が出そうだった。
「ごめん。引っ越しすること、黙ってて……」
私は涙をこらえて、首を横に振る。
「凪……あのね……」
うつむいたままの凪に言う。どうしても、伝えておきたいことがあった。
「運動会のとき……嬉しかった」
凪が私に言ってくれた。
『莉子! 走れ! 俺のとこまで!』
だから私は走れた。凪のところまで。
「ありがとうね。凪」
私より身長の低い凪が、ゆっくりと顔を上げる。目と目が合って、恥ずかしくなる。だけど今日は目をそらさない。そして凪もそらさなかった。
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