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先に自転車を出した高嶺が、私のことを待っている。
すらっとした長身に、さっぱりとした短めの黒い髪。きちんとネクタイを締めた半袖のワイシャツから、日に焼けた逞しい腕が伸びている。
四月に半袖を着ている生徒はめずらしいが、毎朝天気予報をチェックしてくる高嶺のことだ。この狂ったような暑さを、朝から予想していたのだろう。
「おまたせ」
「ん」
高嶺が自転車に乗り走り出す。私はそのあとをついていく。高嶺の真っ白なワイシャツがやけにまぶしい。
私たちの脇を、ふざけ合いながら、自転車置き場へ向かう生徒たち。明るい笑い声が、風のように通り過ぎる。
そのとき私は、前から歩いてくる男子生徒に気がついた。
校則違反ぎりぎりの茶色い髪に、ゆるんだネクタイ。ワイシャツの袖をまくって、両手をポケットにつっこんでいる。隣を歩く男子ふたりに何か言われ、おかしそうに笑い出す。
特別めずらしいわけではなかった。校内どこでも見かける光景だ。
なのに私は――。
自転車のハンドルをぎゅっとにぎった。すれ違う瞬間、懐かしい景色がふっと頭をかすめる。
夕焼け空。おだやかな海。沈む夕陽――私の隣に座っていた男の子。
キイッとブレーキをかけて足をつく。振り返って後ろを見ると、さっきの男子はもう、制服を着た生徒たちの群れにまぎれて見えなくなっていた。
「莉子? どうした?」
少し先で停まった高嶺が言う。
「ごめん。なんでもない」
小さく笑って高嶺に答える。高嶺も私に笑いかけ、また前を向いて走り出す。私はそれを追いかけるように、勢いよくペダルを踏み込んだ。
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