86人が本棚に入れています
本棚に追加
「じゃあな」
耳に聞こえる低い声。私は自転車のハンドルに手をかけ、突っ立ったままだ。女の子と別れた男の子は、黙って自転車を取り出そうとしている。
高嶺は気づかない。気づかないで自転車置き場から出ていく。さえぎる人がいなくなって、私の目にはっきりと、その姿が映る。
「……凪?」
私はつぶやいていた。その場に立ち止まったまま、金縛りにあったように動けなかった。
ゆっくりと顔を上げた男の子が、私を見る。
そして一瞬驚いた顔をしたあと、私の聞いたことのない声で、私の名前を呼ぶ。
「莉子」
私よりずっと背が高くなったその顔を見上げ、ブラウスの上から胸元をきゅっとにぎった。
もう体の一部のように馴染んでしまった、貝殻のペンダント。
凪のお母さんがおまじないをかけてくれた、大事な宝物。
願いが――叶った。
私の顔を見下ろすように見ていた凪が、ふっと口元をゆるませた。
最初のコメントを投稿しよう!